『保田與重郎』以後の著者の入門書
★★★☆☆
大冊『昭和精神史』の著者桶谷秀昭の久しぶりの新刊。著者には北村透谷について書いたモノグラフィー以来久々の書き下ろしでもある。日本武尊から三島由紀夫にいたる三十四人の言葉から、二千年に及ぶ日本人の精神史をたどろうとする書で、『昭和精神史』で確立した「日本浪曼派史観」に貫かれた内容は、文学者桶谷秀昭の好みが遺憾なく発揮されている。しかしながら、北村透谷、夏目漱石、永井荷風、保田與重郎、川端康成、三島由紀夫については「耳にタコ」という印象が拭いがたい。無粋な言い方になるかもしれないが、極論すれば「原稿料の二重取り」と言われても仕方ないのではないか。そのあたりのことを、出版社は真剣に考えてほしいものだ。編集者の見識が問われる問題だ。
遺訓というタイトルの割には、湿っぽいところはあまり感じられず、著者の文章は相変わらず壮健で、ゆるぎがない。しかし、もう書きたいことはないのかもしれない。読んでいれば、前に見たことがある記述も少なくない。保田與重郎を自己のステップアップに利用して、著者は奥野健男や高橋英夫らより頭一つ出た格好になった。そのことを、本書でも改めて認識させられた。『保田與重郎』以降の著者の世界を知りたい人には格好の入門書であろう。タイトルを思うと何とも皮肉な感じがする。それと同時に、著者の文学的出発の時期を知る人には戸惑いや反発を禁じ得ない書物かもしれないことも、併せて指摘しておきたい。