これを読むと彼は自分の仕事以外で他人に尽くそうという心意気の高い人であったように思われる。当時だって彼は相当有名であったろうに、持ち込まれる小説を丁寧に読んだり、突然飛び込んでくる客の人生相談にのったり、随分と良心的な方だ。ところどころに出てくる子供時代の話やなんかは当時(江戸から明治)の東京の様子が伺えて面白い。昼も太陽が射さないような深い森があのあたりにあったとは今からは想像できないところだ。
途中で出てくる生と死に関する話も大変興味深い。普段からこういう心がけだからああいう小説が生まれてくるものなのだろうと一人、納得しながら読み勧めた。どれも短くて読みやすいし、漱石の普段の一面に触れてみたい人にはお勧めできる。
漱石といえば、難しい顔をして難しいことを考えている、小難しい人という印象が強い。確かにそれはあたっているのだろうが、難しい顔をしながらたわいもないことを考えている時間も長かった。怒ったような顔をしながら人を見るとき、実はその視線はやさしかった。気の毒になるほど自分を厳しく見つめ、他人を見てきた漱石がたどり着いた境地とは。
本当に厳しいところを通り抜けてきた人のやさしさは、胸にくる。