近世日本料理概説
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室町期を通じて発展を遂げた日本料理が徐々に庶民生活のレベルにまで根をおろし、独特の文化を開花させた江戸時代の料理文化の在り方を、特に料理本と料理屋に注目して、それぞれの時代相の中で社会状況との関連の中から見ようという意図の下に、1949年に生まれた日本中近世村落史・生活史研究者が、1989年に刊行した新書本。室町時代には、魚鳥中心の(獣肉食忌避)料理法と精進・懐石料理が発達し、今日の日本食の原型が形成されたことに呼応して、庖丁諸流派が成立した。当時の料理書はあくまでも料理の式法を伝えたもので、読者も少数の専門家のみであった。しかし1643年の『料理物語』は、獣肉食を引きずりつつも、鯛の重視、実用性の面で近世的特徴を示し、その後元禄期迄には上層料理技術の集成と伝播を背景に、料理人向けの百科全書的料理書が著され、大都市には武家・上層町人向けの料理茶屋も現れた。やがて享保期には中・下層町人も料理文化に組み込まれ、化政期迄には読み物としての料理本や本格的な料理屋も登場し、「遊び」としての料理文化が爛熟の域に達した。地方にも、未だ飢饉と同時並行ではあれ、人の移動や村の料理人の活躍を経て、徐々に料理文化が根付いていった。しかし天保期以後、内的・外的な要因により「日本料理」は衰退の時代を迎え、やがて明治以降の西欧化により、獣肉食が正式に解禁され、異国料理が本格的に導入される。ここに、純粋培養的に発展した江戸の料理文化は終焉したのである。このように、本書は江戸時代の日本の料理文化(「異国料理」や菓子も含む)を具体例を挙げつつ大局的に見通した本であり、また社会状況との関連に非常に意識的に取り組んでいる。茶の湯・俳諧・本草学等との関連も興味深く、やや専門的ではあるが、読みやすく有益である。なお、実用性が重視され料理の作法についての記述は少ない感がある。