アガサは、長編ミステリの第一人者として培ってきた、読者の好奇心、集中力を最後までそらさないミステリのプロット作りの技を純小説にも巧みに取り入れており、類い稀なストーリーテラー振りとあいまって、いずれの作品も、ミステリ作家の余技どころか、並の純小説作家を凌駕するレベルの作品に仕上げているのだ。
当初、これらの作品が、メアリ・ウェストマコット名義で出版されたという事実の裏には、アガサ自身に、「アガサ・クリスティー」というブランドを外したところで、純粋に作品自体の内容だけで、純小説作家としても評価されたいという願望があったはずと思うのだが、その後、こうしてアガサ作として再出版されてきたことによって、「ミステリ作家アガサ・クリスティー」というあまりに絶対的なブランド力が、その正当な評価を阻んできたのだとしたら、大変残念なことではある。
さて、この作品だが、アガサは、プロローグで、いきなり、兄と妹だけに強く向けられた父母の愛情と、それを敏感に感じ取った姉が抱く深い悲しみと憤り、残酷なまでに妹に向けられた子供らしいストレートな嫉妬心を描いており、姉の心情が、痛いほど、読者の胸に突き刺さってくる。アガサは、出だしから、読者の心をわし掴みにしてくるのだ。
この物語は、「愛すること」と「愛されること」、「愛されることは、重荷を背負うこと」をテーマに進んでいくのだが、アガサは、この作品でも、ミステリ仕立てのプロットをベースに、どんでん返しの結末を用意している。ある意味では、アガサは、「愛」をメインテーマとしながらも、このシリーズでも、ミステリを書き続けていたと言えるのかもしれない。