そんな中、ヴァーノンは、見違えるほど美しく成長した幼馴染のネルと再会し、彼女との結婚に向けて突っ走るのだったが、貧乏の惨めさを味わってきたネルは、ヴァーノンに対する愛情と、誠実な金持ちの男との結婚話の間で激しく揺れる。一方、ヴァーノンも、あるパーティでオペラ歌手ジェーンに出会い、次第に彼女の危険な魅力にも惹かれていくのだった…。
この作品は、真実の音楽と愛を求めながら、自らに因をなす数奇な運命に、二人の女性を巻き込みながら翻弄されていく天才音楽家ヴァーノンの一生と、二人の女性それぞれの女の愛の在り方を描いた、意欲的な問題作だ。
おそらく、アガサの全長編小説の中でも最も規模が大きいはずであり、旧文庫版より活字が一回り以上大きくなったことによる100ページ以上のボリューム増も手伝い、643ページにも及ぶ大長編となっている。しかし、アガサ特有の軽いタッチの筆運びと、スピーディな場面転換を軸に、ヴァーノン、ジョー、セバスチャンの幼馴染三人同士の変わることのない友情や、生き方に対する価値観の相違によるジョーとセバスチャンの間のかみ合わない愛のエピソードもちりばめながら、後半の波乱の展開からミステリ顔負けのアッと驚くどんでん返しの壮絶な結末まで、長さ、退屈を感じさせることもなく、グイグイと読者を引っ張っていく。
アガサを偉大なミステリ作家としてのみ片付けるのは、もったいない。そう感じさせる好著である。