歴史における人間の所作・諸相
★★★★★
『人斬り以蔵』に続けて司馬氏の短編集にトライ。本作品集も全編正に巻を措く能わざる面白さであった。
「岩崎は、海援隊と土佐商会によってもっとも多くの幸運を得た。・・・などが、後藤象二郎の腹づもりで、岩崎に与えられている。その理由は維新史のなぞに近い。岩崎はそれらの資金、資材によって海運業をおこし、のちの三菱財閥の基礎をつくった」(133頁)。
「いま、世定まって侍の風儀がよくなり、おのれの身上を愛するがゆえにばくちもせぬようになった」(306頁)。
武士の端正さや市井の哀歓を描いた藤沢作品もよいが、時代相と歴史上の人物のえにしを興味深く活写する司馬作品もまたよい。様々な時代小説の何たる面白さよ。日本人に生まれてよかった。
本家伊達藩、伊予の分家伊達藩
★★★★★
「馬上少年過ぐ」を含む7編の短編集です。
他、「英雄児」、「慶応長崎事件」、「喧嘩草雲」、「重庵の転々」、「城の怪」、「貂の皮」。
「英雄児」は同著者の幕末を描いた作品『峠』の主人公である河井継之助を書いた短編。
『峠』を未読のため、河井の事を先見性のあるいわゆる優等生的な麒麟児であると思っていましたが、
読んでみると、情熱を持った奇人ぶりが中々刺激的であり、
本文最後の一文を引用すると、
「英雄と言うのは時と置きどころを天が誤ると、天災のような害をすることがあるらしい」というのも納得してしまいます。
「慶応長崎事件」は幕末、長崎で海援隊のある隊士とイギリスの水兵との刃傷事件の顛末を書いたものです。
確か『竜馬がゆく』でもこの事件にちらっと触れられていたような気がするのですが、
事件の結果が結果なので『竜馬がゆく』を読んだ方は補完するものとしてこちらも読んでみて損は無いと思います。
感想として、岩崎弥太郎は抜け目無い成功者なんだな、と。
「喧嘩草雲」は「あばれ梅渓」と呼ばれていた画家の田崎草雲が主人公。
下野国足利藩の足軽の子で武芸に秀で酒乱で気性の荒い二流(故人に失礼ですが)絵師が、
武芸の修行、宮本武蔵の自画像との出会い、
幕末戊辰戦争の動乱で藩の実質的大将として指揮を取る事等を通して、
その経験が作品から毒気を抜き、作品の質が高まって後世に名を残したという話で、個人的には一番好きな話です。
「馬上少年過ぐ」は伊達政宗の事を、奥州に縁遠かった著者が政宗が詠んだ詩の芸術性に興味を惹かれて書いたもの。
幼年期から、畠山義継の謀略によって父輝宗を自分で手にかけることになる辺りまでの話と、老年に詠んだ詩及びその心境に対する解釈をしています。
「重庵の転々」は伊達の分家である伊予藩の成り立ちと、江戸初期にとある縁で藩政に関わるようになった土佐出身のある医師を中心に描いています。
「城の怪」は男女のいざこざというか、全体的にサスペンスホラーのような感じになっていて、そのラストなど、他の作品と趣が異なるような気がしました。
「貂の皮」は影が薄いが「賤ヶ岳7本槍」に含まれる脇坂安治が主人公です。
明治まで続いた脇坂家の代名詞となった貂の皮を、
初代・安治が丹波の豪族赤井悪右衛門(直正)からもらい受け、
それがお家の存亡を左右する幸運の代物となって細々と発展する様を描いています。
司馬未体験の方は是非。
★★★★★
司馬遼太郎の名前はよく聞くけれど、何から読んだらいいか分らないという方。
まずは、この短編集を手にとってみられては如何でしょう?
戦国から幕末まで、それぞれの時代にそれぞれの人物が生きて動いています。
中でも「城の怪」のラストは、美しい恋愛小説を読んでいるようです。
最初から畳み掛けるように展開する様は、主人公の生きる疾走感を伝えてくれます。
野生の力強さというのでしょうか。
もちろん、他の話もそれぞれ数奇な運命や、出会い、主人公を変える一言があります。
血湧き肉踊る珠玉の短編集といえましょう。
充足感
★★★★☆
短編集である。伊達政宗という人間の魅力を、司馬氏ならではの
視点で描き出している、「馬上少年過ぐ」は実に面白い。戦国期
における東北の保守性と、政宗の新しさ。司馬氏は思ったでしょ
うね。一種名門に生まれ、素性のよさにすがるのではなく、或い
は織田氏のように素性の悪い合理的な思考を持った政宗。そして、
母に愛されずに育った政宗。弟を自ら成敗せざるを得なかった政
宗。父を見殺しにせざるを得なかった政宗。尋常ではない育ちで
ある。幸いにして、政宗が再興した伊達家は、江戸期をも保った。
他短編がいくつかあるが、どれも人物描写が素敵で、戦国の世や
幕末の風雲の点景を現代に生きる我々に、非常にリアルに見せ付
けてくれている。
悉くが、司馬氏らしく、通勤中に読んでいると、気がついたら目
的地にたどり着いている。通勤時間が短く感じるというものです。
粒ぞろい
★★★★★
同じ河合継之助を描くにしても、例えば「峠」のような長編小説がオペラだとしたら、
本書収録の「英雄児」のような短編小説は至ってコメディ調。
乾いた表現の中に滑稽味やシニカルなユーモアを添えるのが上手だ。
表題作「馬上少年過ぐ」は、既に老境にある伊達政宗の風姿のようなものを、
詩と養育環境、父親のことを軸に、簡潔かつ乾いた表現によって仕上げ、作品化に成功している。
なお簡潔、というのは伊達政宗という人はいかにも司馬が書きたくなりそうな気骨のゴシップに富んだ人物であり、
反面、いかにも司馬が書きたくなさそうな雑なゴシップにも富んだ、
ちょっと括りにくい山師であって、
それらのうち短編に必要のない部分を敢えてバッサリと切ったことを指している。
そのため作品に透明な格調が出た。
他の収録作も、(オペラではなく)コメディを楽しむつもりで気軽に読むと、かなりの粒ぞろい。
どうか、笑いどころを探しながら、ニヤニヤしながら読んで下さい。