私はこの本でセブンイレブンを利用するのをやめました。
★★★★★
「セブンイレブンの正体」に続く暴露本。セブンイレブンオーナーを食い物にするカラクリが詳細に記述されている。「セブンイレブンの正体」とこの本を合わせて考察するに、セブンイレブンという会社にかかわるほとんどの人間が不幸になっているという結論が必然的に導き出される。もし、この本を読んでなおセブンイレブンを利用する人がいるとしたら、是非とも聞きたいことがある。
「かかわる人間のほとんどを不幸にする会社の存在をあなたは認めるのか?」
他人事ではない。「セブンイレブンを利用する」という事は「セブンイレブンという会社の存在を認める」ということになる。つまり、「こういった事をする会社が世の中にあふれかえってもかまわない」という恐ろしい事実とつながるということである。決して「空想」などではないと私は信じている。この恐ろしさを真に理解していただいた上で、もう一度聞きたい。「こんな会社の存在をあなたは認めるのか?」と。
私は認めない。従って、私はセブンイレブンを利用するのをやめました。もちろんオーナーには何の罪も無く、自分自身不便になるのは十分承知している。真剣に悩んだ末の苦渋の選択である。もちろん、あくまで自分自身の結論であり、無理に他人に押しつける気は毛頭無い。
私の考えにご賛同いただければありがたい。
フランチャイズの問題は難しい
★★★★☆
フランチャイズについては、世間には様々な見方があると思う。
まず思うに、素人が小売りをやろうとしても、高度化した市場システムの中で、いきなり成功するのは難しいだろう。
その意味で、フランチャイズ・システムにより、本部がビジネスのノウハウを提供することに対して一定の対価を要求すること自体はおかしなことでない。
また、フランチャイズ・システムは成功を保証するものでないから、売上げが上がらず結果的に破綻をした人がいるからといって、システム自体が直ちに責められるべきとも言えないだろう。
しかし、小売りの結果得られた利益の分配をどうするかのルールを本部が決めることに問題の本質があるのだろう。
ここでは、最近、よく見かける、「アーキテクチャア」の議論が妥当するように思う。
つまり、誰かに悪意があってというより、仕組みをどう作るかで誰が儲かるかが決まっており、問題は、その仕組み自体がオーナー側に理解可能かどうか、更に言えば、理解した上で契約したか否かがポイントである。
結構、楽観的に考えて「何とかなる」と思いがちであるし、実際そう思って契約した人が大部分ではなかろうか。
結果的には、様々な紛争が発生しているようで、本書は、そのような紛争を丹念に拾ったものである。
訴訟では、様々な問題が争われているようだが、まさに、アカウントの仕組みが議論されているのは理解できる。
・2007年6月11日の最高裁判決(翌年1月に差戻審判決)は、ロスチャージに関する訴訟で、オーナー側が敗訴している。
・2008年7月4日の最高裁判決(8月25日に差戻審判決)は、本部の仕入れ価格などの開示に関する訴訟で、こちらはオーナー側が勝訴している。
内容は結構難しいが、知らなかった点、興味深い点は様々あった。これらはだいたい、第4章と第5章に書いてある。
・ロスチャージとは、売れておらず廃棄する商品についても利益と見なし、ロイヤルティーの対象となること(料率の問題でもあるが、その分安く設定されているということでもないようだ)。
・Cタイプ(初期投資額が小さいタイプ)は、売上総利益が伸びるほどチャージ率は上昇(最高は本部が粗利益の7割)
・本部が設ける仕組みは、通常のビジネス(要は収入-原価)と異なり、1)ロイヤルティー収入、2)オーナーへの貸付金利(買掛金に金利がかかるとか)で、これに加えて1)売上金の運用収入、2)ピンハネ、という疑惑が存在するとしている。
そうだとすると、セブンイレブン本部は小売業というよりは、違う業態であると考えた方が良さそうだ。
・オープンアカウントの仕組み上、売上金や帳簿類(仕入れ先からの請求書など)が本部の実質管理になり、オーナー側が確認できないそうだ。
グロテスクな商売
★★★★★
セブンイレブンの商法がよくわかります。
セブンイレブンと加盟店契約をする前に必ずよむべき。
このやり方がまかりとおることが信じがたい。
真実
★★★★★
このような本が出版されることの意義は非常に大きい。
セブンイレブンオーナーの悲痛な叫びは、以前より周知であろうが、
断固として、悪は処分されなければならない。
鈴木会長はカリスマ経営者であるとマスコミは持ち上げた。
それは、詐欺商法のカリスマ経営者であろう。
鈴木会長は人脈およびあらゆる手段を使い、証拠隠滅、逃げ道を用意してるのは
明白であろう。
もしこのような本が注目を浴びることが無かったら、既にマスコミは鈴木会長の
権力に屈していることになる。
真実はここにある。