自分の弱さを自覚した者の強さ
★★★★★
壁にブチ当たった時はシッド・ハレー物4作を読み返すことにしていますが、特に、自分自身の弱さを自分でも我慢ならないくらい思い知らされた時、本書は無くてはならない本です。
喪失と再生の物語
★★★★★
元花形ジョッキーのシッド・ハレーが主人公の第2作だ。前作の「大穴」では片腕を失ったシッドが調査事務所のパートナーとして第2の人生に踏み出す姿が描かれていたが、本作は時間的にはそれほど間もないところから始まる。
今回は前妻のジェニーが巻き込まれた詐欺事件、同一厩舎の有力馬の不審な敗北などの調査を立て続けに依頼されるところから始まり、サスペンス・スリラー小説としても十分楽しめるが、個人的には事件解決を通じて再び出合ったシッドと前妻のジェニーが共に不幸な結婚生活で負った心の傷を乗り越えて行く姿や、捜査の過程で暴力と脅迫に一旦は屈したシッドが深い喪失感から立ち直っていく姿により感銘を受けた。
自己の苦しみや悩みを妻にさえ打ち明けない自己抑制のきいた主人公が、内面では深い喪失感や劣等感を抱いてもがいている心理描写がすばらしい傑作だ。
作者自身の再生を図った作品
★★★★☆
作者は元競馬騎手。作家に転向後、その経歴を活かして競馬界を舞台にした作品を次々に発表し、好評を博した。主人公は元騎手が多く、いずれもストイックな性格の持ち主。シリーズの代表作は「興奮」か。
だが、作者の手法はマンネリ化してきて次第にスランプに陥っていった。そんな作者の再生を示したのが、本作である。
本作の主人公シッドはこれまでと同様ストイックな性格に設定されている。プライドも高い。それが、敵の肉体的脅迫に合い、恐怖のあまり自身の持つ矜持が崩れそうになる。この自己の精神の崩壊と再生が本書のテーマであり、シッドの再生はまた作者自身の再生でもあるのだ。
シリーズ中でも、読み応え満点の快作である。
スカッとしました
★★★★★
競馬のことを知らないので、楽しめないかなと思いながらも、「アメリカ探偵作家クラブ賞受賞」「英国推理作家協会賞受賞」ということで、手に取りました。
シッドは自分に厳しい人なので、「大丈夫?」と、ハラハラしますが、どのトラブルも乗り越えていきます。追いつめられ、ひりつく胸のうちを口にせずに突き進んでいくシッドはいい男です。
周りの人間は「神経がない」と彼を評しますが、内面はその反対。読んでいる私にだけわかるシッドの苦しさに、親密感がわいてきます。
日本とは違うイメージの優雅な競馬の世界の裏の話。陰謀、罠。ラストシーンは鮮烈です。相棒のチコもいい味出しています。
もう少しリラックスしてよ、ハレーさん!
★★★☆☆
フランシスの競馬シリーズは、基本的に作品ごとに主人公が違う。だが、シッド・ハレーは例外で、「大穴」と本書「利腕」、そして「敵手」に登場する。ハレーは読者の人気も高いようだが、私はあまり好きではない。彼は自分の内なる弱さを克服しようと、常に自分を厳しく律している。フランシスの主人公は大なり小なりそうであり、それが悪いという気はない。ただハレーの場合、この性格が際立ちすぎていて、自虐的とすら言える。とにかく、精神的なゆとりが全くないので、読んでいて疲れるのである。前作「大穴」では、彼が第2の人生に踏み出す過程に重点が置かれていたためか、それほど気にならなかったのだが、本書「利腕」では、彼のこの "マゾ的突っ張り" がこれでもか、これでもかと前面に打ち出されており、かなり鼻についた。