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大穴 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 12-2))

価格: ¥903
カテゴリ: 文庫
ブランド: 早川書房
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大人が楽しめる上質の探偵小説 ★★★★★
 英国のスパイ小説や冒険小説は昔から私の大のお気に入りであった。しかし、ディック・フランシスの作品だけはその評判にも拘わらず、たぶん競馬に対するアレルギーからか手に取ることはなかった。最近の新聞書評に菊池光氏の独特な翻訳も然ることながら読み始めたら止まらなくなってしまったと書いてあるのが目に止まり、ようやく本書を読んでみたのである。
 何と深みのあるプロット、大人の雰囲気、そして洒落た構成であろうか。何と上質で、センスがあり、また品格を感じさせる翻訳であろうか。文字通り一気に読まされてしまった。読書好きにとって金鉱を掘り当てたようなこの気持ち、わかっていただけるだろうか。
 1970年代に初版が出ているので、そばにありながら30年間もフランシスの素晴らしい作品群に触れていなかったことになる。大変遅くなったが、これからこの30年間を取り戻そうと思う。競馬の世界にも興味が湧いてきた。
"魂の再生"を描いた秀作 ★★★★☆
「興奮」、「利腕」等と並ぶ競馬シリーズの代表作。その「利腕」で再登場するシッド・ハレーを主人公にして男の"魂の再生"を描いた秀作。

シッドは障害レースの元チャンピオン騎手だったが、落馬事故のため片腕を損傷し引退を余儀なくされる。現在は探偵社に務めているが、かつての栄光と現在とのギャップの大きさに自尊心を保てず、無為な生活を送っている。ところが義父の計らいで、競馬場乗っ取りを狙う男と対峙した事で眠っていた闘争心が目を醒まし、乗っ取り阻止のため闘いを始める...。闘いの中では肉体的危機に何度も遭うが、その恐怖を克己する事で自尊心を取り戻すのだ。シッドと共に闘う探偵社の仲間の描写もチコを初めとして巧みに描かれている。作者としては当然、競馬について詳しく書き込みたいところだろうが、必要最小限に抑えている所も心憎い。それでいて、警備と称してシッドの騎乗シーン(しかも落馬付き)を加える辺りは流石。ハードボイルドと言う観点では見かけ上のハデな展開はないものの、シッドの精神的起伏を追うだけで手に汗握る。イギリスにおける階級の問題にも踏み込んでいる点も鋭い。それにしても、謎の宛名「ジゴロ・カノ」には参りました。良く調べているものである。

地の文や会話のちょっとした一言で人生の一断面を切り取る手法には感心させられる。ストイックな男の生き様や全編に溢れるリリシズムは読む者を痺れさす。どんな境遇にあっても、生きて行く希望を持つ事の大切さを訴えたシリーズの秀作。
抑制がきいた傑作 ★★★★★

ディック・フランシスの作品に共通する派手さはないが、抑制が効いて深みのある傑作だ。

主人公のシッド・ハレーは以前は花形ジョッキーだったが、落馬で腕をつぶされて引退を余儀なくされ、探偵事務所ようなところに雇われてぶらぶらしている。その上、妻とは別居状態で人がうらやむ状況とは程遠い境遇にある。そんな彼が軽い弾みで引き受けた仕事で運が悪いことに銃で腹を撃たれて入院している状況から物語が始まる。

本書はミステリーとしても上質であるが、最大の魅力は主人公のSid Halleyと彼にかかわる人との関係にあると思う。Sidは観察眼に秀でており頭も切れるが、つぶされた腕には深い劣等感を有しておりいつもポケットに入れて隠している。そんな彼と若いころに事故にまきこまれて顔に深い傷をうけて、それ以来ひっそり生きている女性のゼナとの交流と再生には心をうたれた。

本書はコンパクトであるが、中身が凝縮された上質で品の良い作品である。
再読の価値あり ★★★★★
 推理小説というものは、犯人がわかれば、何回も同じ本を読み返す類のものではない、というのが常識であるが、ディック・フランシスの競馬シリーズ、その中でもシッド・ハレーものは再読、再々読に値する。このシリーズでは、探偵役を演じる主人公は、登場が原則として、1回きりである。にも拘らず、シッド・ハレーはこの「大穴」に初登場してから、2007年初頭までに計4回我々読者の前に現れる。フランシス自身が、シッドという個性に惚れ込んでいるのだろう。「大穴」は、シッド・ハレー初登場ということで、とても重要な一冊! それにしても、この本を読んで感じ入るのは、英国上流社会のいやらしさであり、彼らによる弱者いじめの陰険さである。そして、それにストイックに耐えるシッドの勇気に我々は、拍手を送るのだ。
フランシス的エッセンスの詰まった代表作! ★★★★★
 フランシスの小説をここまで読んできていくつかの特徴に気づいたのだが、本書はそうした特徴を裏付ける典型的作品であった。

 まず第一にのっけから読者をストーリーに引きずり込んでしまうショッキングで否も応もない出だし。この作品では主人公が銃撃を受けた直後の入院シーンで物語が始まる。おかげで主人公に最初から負わせられたハンディキャップ……銃撃を受けて引き裂かれた腹の痛み……に読者はずっと付き合わされることになる。中でも固形物が食せないためにビーフ・ジュースなる、ぼくに は想像もつかないしろものを四六時中飲んでいるシーンは、痛々しいことこの上ない。

 そして第二の特徴は主人公が地獄に落ちるような苦痛を舐めるという点である。受ける苦痛でもこれまでの作品を見ると肉体的なものと精神的なものと二種類があったが、本書での肉体的な苦痛の高さはおそらくシリーズ中でも屈指なのではないか。肉体的な苦痛を避ければ精神的苦痛との二者択一に出くわさねばならないという過酷な設定。試練はどこまでも試練でしかない。

 そして第三の特徴は徹底した悪人どもと、そのエゴイズムの凄まじさ。どちらかといえば、主人公の側と同列とはとても言えないやる気を見せてくれる悪党どもの積極的な動きがある。主人公シッド・ハレーは騎手での落馬経験以来、抜け殻同然にその過去の名前だけを探偵社に預けていたため、本質的には素人探偵という設定。その上肉体的なハンディキャップが追い撃ちをかけるし、その上、敵は複数。自分は独り。読者側から見たらこれほど不利な勝負はないのである。そうしたハンディキャップ・マッチを如何に闘うのか。これこそが本書の見所であり、シッド・ハレーの不屈さの見せどころであろう。

 そして上述のことに自然と繋がってゆくのだが、第四の特徴はアメリカ小説にはなかなか見られない、英国冒険小説伝統の「名誉」という生き方の中心的概念。騎士道精神と言い換えてもいいのだろう。これある故に、主人公らは常に内的葛藤を闘わねばならないし、自己破壊を免れるためにストイックであらねばならない。

 第五の特徴は、まさにこれを一人称でストイックに記述している文体の技術である。自分に都合のいいことはおよそ一言も言わないその文体に接すると、自然主人公の語らないほうの側面にだけぼくは眼を向けてしまう。また、それがフランシス作品の正当な読み方であるように、ぼくは思ってしまうわけである。