近年稀な「倫理学」の良書
★★★★★
生命・医療倫理の領域に関心が及んで踏み込んだとき、入門書の類をそれなりに読んだのだが、失望は大きかった。「いったい、これが『倫理学』なのか?」と。これをして「倫理学」というのなら、現代の「倫理学」は「二流の社会学」でしかありえない証明だと思った。そうした「応用倫理学」なるものの溢れる昨今、この本は、本当に倫理学にしかできない営為を紡いでいる。生命および環境の倫理学を「いのちとすまい」の倫理学だと著者が言うとき、倫理学は古代から現代まで、そして学としての倫理から生活の倫理までを、温かく静かに、そして深く広い射程を持って見つめる思索なのだということが、すんなりと心に入ってくる。この本を読んだ結果、私は倫理学の可能性に改めて希望を持つことができた。とりわけ生命倫理の領域に関わるところで著者が立てる議論は、アメリカ製生命倫理学一辺倒への冷静な批判となっており、参考になる点が多かった。一見して地味だが、本質を捉えた稀なる良書である。本書に続く『くらしとつながりの倫理学』と併せてぜひ押さえておきたい入門書である。