結論から書くと、宮本作品で初めて読むのがおっくうに感じた作品となりました。私なりに分析すると、
①話の軸がはっきりしていない。宮本作品の肝は、主人公と対役の心の葛藤だと思う。夫の不貞から遺産相続、被災した少女たちとの共同生活等話題が展開し、それに伴って対役もめまぐるしく変わるので、主人公との濃い人間関係が描かれていない。
②作品のキーワードとして巨木があるようだが、そのために話全体がぼやけてしまっている。
③陶器の解説文の引用や平家物語の引用、少女たちのたわいもない会話など、なかなか話題の核心に進めず、もどかしい。
宮本作品のコメントの中に、「売るための作品」「中身がない」等を見ましたが、初めてそのコメントに同感せざるを得ない作品でした。でも、宮本輝、大好きです。
冒頭に記した作品はお薦めできます。
だが、実際の人の一生がいつも「起承転結」だけで流れるワケでは無いことを考えると、
この著者の描く、どこか物寂しげな世界観は、もしかするとボク達が明日体験するかも知れない、
という迫真性に富み、フィクションであるにも関わらず、ボク達に生命の危機感さえも覚えさせる。
他の小説家なら、地震で亡くなった人々を、涙をできるだけ誘う文体で書くだろう。
女性の主人公:希美子の心の葛藤や憎悪をもっと強く書くだろう。
友情や信頼、努力や勝利、を溺れてしまうような美しい文体で表現し、読者を魅了するだろう。
だがこの本の著者はそうしなかった。
この小説は、著者の作った新しい世界観の中で成り立ち、
他の小説では決して表現できない、人としてのホントの有り様を如実に描き、
「喪失した魂の復活」というわかりにくいテーマを見事に表現しきっている。
破壊や殺戮、勝利や敗北を強く描き、
「桃太郎」のような勧善懲悪の延長でしかない現代の小説に疲れた人にオススメ。
最近思うことは、幸福とは何かの条件を満たすことじゃない。
豪邸、高級車、高収入、またはそれらの持ち主と結婚すること、
子供が何人いて、等々の条件を満たすことじゃないと。頭で
わかっていても皆、どうしてもそれらを安心の基準にしちゃう。
でも、裕福で名誉も地位もある家は家で、普通の家庭は家庭で、
または、もっと経済的な悩みなどをたくさん抱えた家は家で
それぞれに悩みや問題はあります。
要するに人間性です。宮本さんがこの本でおっしゃっている
器の様なものが一番の問題です。苦しみさえも生きる原動力に
出来る人間性。それは、何を信じているか?ということが大事
だと思います。
最初、震災という天災と夫の不貞という身近な事件の両方が一度に
押し寄せたというのに、主人公の心情があまり描かれてなくて、な
んだかいつもの宮本さんよりリアリティーがないなと思ってしまい
ましたが、上巻の終盤から下巻は、本当に厚みのある、素晴らしい
「文学」だと感じました。最近、小説や、インパクトの強いお話し
はいっぱいありまして、当方も嫌いではありませんが、文学だと
言える作品を久々に読みました。
大きな流れに身をまかせて、読んでください。
読後、必ず、希望が湧いてくることでしょう。
人間とはもともと、生きていこうとするものだと、信じられます。
宮本さんは本当に素晴らしい作家です。