著者独自の認知言語学
★★★★☆
「認知言語学=ラネカー流の認知文法」と考える向きには、本書は物足りないであろう。著者の視点は、どちらかといえば、CroftやVan Valinに近く、事象構造や構文に関する章では、先行研究を咀嚼した上での著者独自の興味深い考え方が紹介される。また言語習得や談話との関連についての章は興味深く、特にカテゴリー化についてのプロトタイプ理論の解説は、大修館の認知言語学シリーズのどれよりもわかかりやすく、議論のポイントをとらえている。残念なのは、Goldbergの研究について触れられる部分がやや少ないために、「構文単位で考える言語知識vs語彙規則に基づく言語知識」という構文文法史上重要な対立が初心者にはあまり感じ取れない可能性があることであり、練習問題の解説が示唆的にすぎるのがやや不親切かもしれないということである(しかし、示唆的であるがゆえに、読者が創造的に研究を深めることができる)。メタファーに関する章でも、メトニミーとメタファーが絡む可能性のある例を素材とした練習問題を出しているが、肝心要の両者の関係の可能性について説明が必要なはずであり、その点は入門書としてはやや不親切であろう。メタファーとメトニミーの関係については、TaylorのLinguistic Categorizationなどの重要文献で提案されてきた考え方であり、Croftをはじめ多くの言語学者が考え出した近年熱いテーマの一つである。しかし、「流行を追わず、独自の視点を大切にするのだ」という著者の学問姿勢がこの点でよくわかる。また学際的な観点を大切にしていることも特筆すべきである。認知言語学の入門書でヴィーコの名前を出したのは著者が初めてである。したがって、認知言語学を志すならば、この書と松本曜氏による「認知意味論」が本格的な研究の羅針盤となるだろう。なお、個人的には現在の分量を二倍に増やしてでも、さらに独自の分析を充実させてほしい。