ユーモアに溢れ素直に読める自伝
★★★★★
「プリマドンナの自伝」と聞くと、聞きたくも無い自慢話、自己弁護や脚色のオンパレードを想像しますが、本書はそういうものとは無縁の良質な自伝です。
彼女の生涯における様々なエピソードやオペラや声楽に関する興味深い話が、ユーモアや面白ビックリな話しを織り混ぜながらふんだんに溢れており、(私のように)専門的な知識が無くとも、一気に読み進むことができます。
他の音楽家に対する評価も、音楽性と人格をしっかり切り分けて話しており、彼女の冷静さがよく現れています。例えばカラヤンの人格的な問題とずば抜けた音楽性の両面に関する指摘も、説得力を持って聞こえます。ちなみに本書で取り上げられる(血祭りにあげられる)プロデューサーのジョン・カルショーも、自伝でカラヤンに対して彼女と同様のコメントを残しています。
彼女や彼女が賞賛する歌手の録音を聴いたことがない方は、この本を読んだ後、彼らの歌を洗い浚い聴いてみたくなると思います。
カルショーに関する記述は、若干鬱憤晴らしの気はあります。彼が自伝「レコードはまっすぐに」において、ニルソンや同僚歌手(特にユッシ・ビョルリンク)に関する(彼女いわく)「ウソ」を書いたことに対する報復だと思いますが、彼とEMIのウォルター・レッグを比較し、カルショーから(芸術的な)助言がなかったことを取り立てて、「彼はこの分野ではほとんど新米のように…」と言うのは、ちょっとやり過ぎだと思いました。妻のシュヴァルツコップを指導し、フィルハーモニア・オーケストラを組織し一流の楽団に仕上げ、今なお色褪せない多くの名録音を残したレッグが凄すぎただけだと思いますが…。
問題のカルショー自伝は、彼の死後に彼自身の最終チェックなく発刊されたものであり、様々な部分で事実とのズレが見られます。個人的にもカルショー自伝の内容は丸呑みできないと思いますが、ニルソンが問題としている箇所は、彼が故意に書いたとも考えられず、誤解が誤解を招いただけのような気がします。
ちなみに、カルショー自伝も本書同様に大変面白いものです。
不世出のソプラノによる卓抜した自伝
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数年前の年末、NHKBSでニルソン女史をのドキュメンタリーを放映していました。そのときも、知的でエレガント、それでいてユーモアたっぷりの姿を見せてくれていたのを記憶しています。そこでは、この本でも紹介されているコレルリとの対談も含まれていました。偶然見たので録画もしておらず、再放送してもらいたいものです。1967年に大阪のフェスティバルホールで行われたバイロイト引越公演では著者ニルソン女史がイゾルデを歌い、たった一人の声であの大きなホールの壁を鳴らしたのには仰天しましたが、この本では指揮のピエール・ブーレーズがほとんど何の準備もなくやって来たために、トリスタン役のヴィントガッセンとともにブーレーズの指導(?)をしたことが書かれています。初めてトリスタンを演奏する日本のオーケストラと書かれているのは、NHK交響楽団のことです。マルケ王はハンス・ホッターという豪華メンバーの公演で、初めてワグナー・オペラを生で見た私は感激をしましたが、この本によれば失敗公演だったみたいです。ワグナーの孫、ヴィーラントとヴォルフガンクの確執もさりげなく書かれていますし、どちらにも組しないニルソン女史の冷静さも見事です。カラヤンの強引さに対する嫌悪感を示しつつも、高い音楽性に対してはきちんと評価するところも、クレバーな彼女らしいところです。この本には書かれていませんが、イゾルデ役を演じていたときに、倒れた胸の上にホテルから持ってきた「Don't Disturb」の札を乗せてトリスタンを笑わせたという逸話の持ち主であるニルソン女史のことですから、笑いをこらえるのが必死の挿話がふんだんに盛り込まれています。(電車の中で読むのは危険です)その冷静な彼女が、唯一、実名を挙げて露骨に不快感を示しているのは、リングの録音で有名なカルショーに対してですが、詳しくは読んでお確かめください。そのほかにも、よき思い出が残っている共演した歌手、指揮者の名前がふんだんに出てきます。この辺も、音楽好きにはたまらないところです。
何度も吹き出してしまう
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知的というか、とぼけたユーモアが随所に織り込まれており、楽しく、愉快な気分になります。
ヴィントガッセンをはじめとする指環での共演者のみならず、ジーリ、シミオナート等イタリアの歌手についての観察、評価など、これほどの大歌手にしてと思わせるほど真正直な?記述に心を洗われました。特にコレッリとのエピソードは味わい深いものです。
訳文も読みやすいです。
愛すべきビルギット!
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ショルティによる「はしがき」、そしてニルソンの「はじめに」を読んでこの本が類稀なるマスターピースであることを確信しました。何より読みやすい訳が有難い!秋の夜長が楽しみです。でも今晩で読みきってしまうかも・・・
楽しそうだ
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オペラ、就中ワグナー歌いとして知られる著者自身のユーモア溢れる随想。
帯にこんな風にある:
お金の話といえば、あるエピソードを思い出す。あるオーケストラ・リハーサルのとき、カラヤンは音楽を中断して、私を指して言った。「そこをもう一度やりましょう、今度は心でもって。あなたの財布が入っているところですよ。」「あら、マエストロ、では少なくとも私たちにも一つは共通点がありますね!」と私は嬉しさを隠しきれないふうに言い返した。
私の返事は珍しいことに彼の気に入られたらしい。ずいぶんあとになって、私たちがもはや「口もきかない間柄」になったころ、私の友人たちや仕事仲間のテオ・アダムに楽しそうに語ってきかせたそうだ。(本文より)
期待を篭めて星5つ。