収録された清張作品について記した宮部さんの文章のなかでも、言い得て妙だなあと強く頷かされたのは次の文章でした。
<< 清張さんの作品では、この「窮地への追い込まれ方」が身体に食い込んでくるほどリアルなので、世の多くの男性諸氏は読むたびに震え上がることでしょう。>>(p.276)
その「窮地への追い込まれ方」というのはまた、秘密を抱えた主人公が自ら招くような形で暗い穴の中に落ちてゆく、そう言ってもいいかと思います。
悪事を犯した人間がその重みを支えきれず、転落していく過程で墓穴を掘ってしまう。様々な不安や疑惑が心の中に掻き立てられ、もがくうちに首にかかった紐の輪が狭まっていく。そうした主人公の心理の揺れを描きながら徐々にサスペンスの雰囲気を高めていく話の展開が実に巧いんですよね。
それから本シリーズを通して、昭和32年に発表された短篇が多く収録されていることも興味深いなあと。傑作が次々と発表された昭和32年は、作家の創作意欲と技量がひとつの頂点に達した時期ではなかったでしょうか。ちなみにこの年から翌年にかけて、世評高い『点と線』が執筆されています。