著者が総勢22名のアンソロジー
★★★☆☆
著者が総勢22名のアンソロジー。年代順でいくと(出身地無記入はすべて東京出身),行方昭夫(1931年),川本皓嗣(39年,大阪),天馬龍行(37年),山中圭一(40年,高知),井上健(48年),大澤吉博(48年),辻井潤一(49年,京都),能登路雅子(49年,弘前),佐藤良明(50年,山梨),小森陽一(53年),丹治愛(53年,札幌),柴田元幸(54年),門脇俊介(54年,札幌),菅原克也(54年,山形),エリス俊子(56年,西宮),小川高義(56年,横浜),高橋克美(56年),古田島洋介(57年,横浜),牛村圭(59年,金沢),新井潤美(61年,東京),小谷野敦(62年,茨城),西山達也(76年)。30年代が3人,40年代が5人,50年代が11人,60年代が2人,70年代が1人。女性が3人しかいない。あれ? 大阪と兵庫と四国がそれぞれ一人っきりだ。あとは関東以北の出身者。九州人が一人もいないという地域的偏向。勤務先は東大が一番多いが(22人中12人),卒業は殆んど全員が東大卒だろう(無記載ゆえ無根拠)。興味深いのは,22人の著者紹介に全員が顔写真つきであること。議論に気に喰わない点があっても,顔写真を見てると許しちゃってる経験をした(逆もあったが,女性論者に関してはないゾ)。
編立ては,英文解釈(学習)から翻訳(方法)へと流れていっている。「漢文訓読と英文解釈」(古田島)は,「I訳読という制度」にあってもよかったが,どっちでもいい。
“翻訳とはトランプのように単語をひっくり返して文法的に並べ替える作業ではないのですよ”とか“翻訳とは文化の翻訳なのですよ”とか“原文の価値を損なってはいけませんよ”とか“単語の語源までわかった上で翻訳すべきなのですよ”的なご忠告に集約される翻訳論を一通り読んでいる読者には新機軸はないような気がするが,それは僕の読み方が浅いだけなんだろうと思う。しかし,「超訳」者ってのは流石こなれた訳文を書くよねぇ。参りました。弟子にしてください。(1146字)