耳を病み、恐らく心をも病んでいる主人公は
一度自分から離れてしまったものは
もう二度と戻らないのではないかという不安を抱えている。
それは例えば声のように、去っていってしまった夫のように。
突発性難聴の耳は音を判断することができず、
心はまた現実と記憶とを区別できない。
不安定な彼女を支えるのはYと甥のヒロ。
二人は架け橋となり、食事をしたり話を聞いたり手を引いたりして、
明るい方へ彼女を導く。
たまに立ち止まったり、記憶の奥に戻ってしまったりしてもいい。
世界へ出るということは強さではない。
尊重、肯定の心なのだ。
全てを受け入れられる安心感と現実の明るさ、
しかもそれは本人の内から出すことができる、と
言われているように思う。
作者はYのように世界をくっきりと文字としており、
どのシーンも映像が浮かぶ。
冬の光のような、鈍いが確かに明るい余韻を残す。
更に物語全体が非常に幻想的な雰囲気を帯びているにも関わらず、様々な設定だけは(不必要と思われるほどに)かなり詳細に描き込まれていて、これも何だか逆効果だと感じました。
時代はいつなのか、どこの国お話なのか…その辺をもっとぼかして描いてくれたほうが逆に読みやすかったのでは、という気がします。
ネタバレしてしまうと困るので書けませんが、ラストの落ち(速記者Yの正体)も「えー…何それ?」という感じでちょっとがっかり。