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特攻基地知覧 (角川文庫)

価格: ¥609
カテゴリ: 文庫
ブランド: 角川書店
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特攻兵士と当時の関係者の心情が伝わってくる ★★★★★
著者は陸軍報道班員として、特攻攻撃が実施されている最中、知覧にいた人物である。特攻隊には、陸軍のものと海軍のものがある。「神風」として有名な特攻隊は、海軍のそれを指す。本書は、陸軍の特攻隊のうち、特に鹿児島県の知覧飛行場から沖縄方面に出撃した攻撃隊を題材としている。戦中、「生きる神様」と讃えられた特攻隊員は、当時の報道によれば、笑顔で出撃していった。そして、特攻隊員全員が笑顔で出撃したと、当時の日本国民は考えた。しかし、出撃の現場にいた著者は、事実は異なるとして、本書で様々な隊員の心中を描いている。特攻隊員が全員志願兵ではなく、軍上層部の命令により特攻隊に参加させられた兵士がいたことや、出撃後に帰還し戦死を間逃れた兵がいたことに触れている。また、故意に航空機を故障させて出撃後に戻ってきた隊員、愛するものへの思いから自ら命を絶つ決断ができず帰還した隊員、戦争に反対で特攻作戦の無意味さを感じながら出撃しなければならなかった若い隊員などの存在を明らかにした。特攻作戦で命を落とした隊員だけでなく、後に残された親族、特攻作戦に従事しながら戦後生き残った軍人、知覧に進駐してきた米兵に乱暴され子を宿した女性、米軍の知覧爆撃により隻脚になった女子挺身隊員にも触れている。一個人として抗しきれない戦争、そのような時代に生まれた哀しい運命を考えさせられる本書は、平和の尊さを再確認させてくれる逸作である。(2010/3/15)
万人に読んで欲しい書物 ★★★★★
この作品の歴史的価値、重要性についてはすでに多くのレビュアーの方々がここに書いておられる。特攻という人類史上例のない悲惨かつ無謀な使命を負った若者達が、どういう状況に置かれていたのか、そして特攻隊とはそもそもどういう者達で、どのようにその任務は遂行されたのか、克明に隠し立てすることもなく書かれたのがこの書物だ。若者に限らず、日本人に限らず、世界の全ての人々に是非読んで頂きたい書物である。
是非読んでみて下さい。 ★★★★★
私は個人的に、先の大戦に関して非常に興味があり、様々な書籍を読んでいますが、特攻について知るにはまずこの本をお勧めします。

特攻攻撃は他にも回天や震洋等いくつもありますが、隊員たちが出撃するまでの気持ち、祖国や家族への想いは共通するものがあると思います。


南方の島々で戦死された方と違い、日本国内の特攻基地から死の出撃をする隊員たちと、そしてそれを見送る町の人々。見送る側もとても辛かったと思います。

昨日までニコニコと挨拶してくれる、未来ある普通の若者が、鉢巻きを絞めて別盃をして飛んで行く。せめて家族に見送ってほしいだろうに、寂しさや不安な気持ちは出さずに祖国の未来を信じて仲間たちと飛んで行く。当時のわずか二十歳前後の若者たちが、どうしたらそこまで強靭な精神力を持てるのでしょう。幼い頃から軍国主義の教育を受けたら皆それが普通の事と思えるのでしょうか。
今も昔も戦争は良くない、と誰もが思っていても、一度開戦すれば皆が国のために滅私し自分の命を武器として体当たりできるものなのでしょうか。


この本を読んで、特攻隊員として出撃された若者たちの事を思い、もし今戦争が起きたら彼らと同じような気持ちになれるのか(正しいかどうかは別として)、と改めて考えさせられました。
戦争とは無縁の現代だからこそ、是非読んでみてほしい一冊です。
初めて特攻隊について真剣に考えさせられました ★★★★☆
とにかく多くの方に読んでもらいたい作品です。腐敗しきってるこんな現代ですが、あの頃の若者たちが帰ってくることも許されず250キロの爆弾を積み、沖縄の空に散っていった時代もあったことをどうか知って下さい。どうか忘れないないで下さい。私ももっと勉強したいと思います。こんな時代だからこそ是非読んでほしいと思います。
書かずにはおれなかった ★★★★★
この本の内容は最初週刊朝日の昭和39年11月13号から昭和40年7月30日号まで38回にわたって連載され昭和40年に「知覧」として出版されたのであるが、誤りや書きたりないところもあって昭和45年に改訂版が出された。その後若干の誤りを訂正し題名も「特攻基地 知覧」として昭和48年に出された文庫版が本書である。

週刊誌に連載されていた頃は無類の戦記ブームで、大人だけでなく子供のマンガ週刊誌でも「大空のちかい」「紫電改のタカ」「零戦はやと」などが連載されていた。ちばてつや氏の「紫電改のタカ」は少年マガジンに連載されていて、当時かなり人気のあった作品だったが、最後に主人公は新しく赴任してきた上官から特攻隊への参加を「命令」されて他の仲間と一緒に出撃するところで終わっていたと思う。子供心にもあまりに唐突な感じの終わり方だったのでよく憶えている。

特攻隊の話は後に著者は「陸軍特別攻撃隊」という作品で結実させるが、この作品は著者自身が知覧で当時実際に取材したこともあって、特攻隊が美化・礼賛されるだけで終わったら真実が覆われてしまうという危機感が筆を進ませたように思う。亡くなった隊員の本心や隊員を送って残された人々がその後どんな思いで生きていったかを再び取材して作品にした。

ただ、かなりきわどい内容も書かれていて、その後知覧に駐屯した米軍の伍長に犯されて子を宿した女性の話や特攻隊を編成・指揮した中心人物でありながら戦後も生きながらえて特攻観音を建立して祈れば事足れりといわんばかりの態度を描いてその後かなりの反感を買った。著者としては書かずにはおれなかったのだろうが。