On an Island
価格: ¥827
デヴィッド・ギルモアのソロのキャリアは、創作的に活発などではなかった。本作はこのピンク・フロイドのギタリストによるまだ3枚目のソロ・アルバムで、じつに18年ぶりの作品となる。だが、キャリアの気質が怠惰でも、本作に収められているギルモア最高の出来に数えられる数曲を生みだす妨げにはならなかった。ギルモアの舞いあがる叙情詩的なギター・フレーズがフロイドのファンの耳におそらくなじみ、なおかつ、時に驚かせるニュアンスや繊細な音楽的質感に恵まれたアルバムだ。ギルモアの『Division Bell(邦題『対(TSUI)』)』でコラボレーションしたポリー・サムソンが、大半の曲作りにクレジットされており、ムーディで質感的に豊かな"アイランド"に魔法をかける手伝いをしている。個人にあてたものでも歌詞の上でも隠喩を使っている音楽の"アイランド"だ。「Castellorizon」は印象主義のインストゥルメンタルのコーラジュ。そこはかとない方法でアルバムの全体の内容を予感させるオープニングで、ギルモアの感情を搭載したギター・フレーズは、普通であれば現代のジェフ・ベックの縄張りだった領域まで登りつめている。ギルモアのコラボレーターたちの選択もやはり、賞賛せずにいられない。ポーランドのクラシックのモダニスト、管弦楽のズビグニエフ・プレイスネルや予想通りのフロイド仲間(リチャード・ライト、初期ピンク・フロイドのメンバーだったラドー・"ボブ"・クローゼ[表記、裏取れず])から、年代もスタイルも幅広く、ジョージィ・フェイム、フィル・マンザネラ、ジュールズ・ホランド、キャロライン・デイル[表記、裏取れず]、ロバート・ワイアットといったゲスト陣を迎えている。タイトルトラックはデヴィッド・クロスビーとグラハム・ナッシュによる風格のあるハーモニーで優美に仕上がり、一方、インストゥルメンタルの「Then I Close My Eyes」では眠りに誘う、バイユーと変わり者が出会った性質を紡ぎだし、デイルの優しいチェロの響きがワイアットの哀愁を帯びたコルネットの吹奏と出会い、ジャンルそのものの概念に挑戦している。「This Heaven」でギルモアは意外にもR&Bのテリトリーに進出、おどけたリフを、60年代ロンドンのシーンを担ったフェイムのハモンド・オルガンと絡ませ、シンプルで親しげな中に叙情的な精神性を見いだしている。アップビートで軽快な「The Blue」からとっておきの「Smile」までサブテキストが漂い、締めくくりに、驚くほどロマンチックなエレジー「Where We Start」で満足してアルバムは一巡し、幕を降ろす。"いかなる人も島ではない"(人はみな持ちつ持たれつの意味)かもしれないが、ギルモアは満足感を味わえる芸術的なオアシスをこの彼の最高傑作であっり、もっとも穏やかな個人的アルバムで作りだした。