長く日陰者と侮蔑されながらひとりの男を愛し続け、ついには大公妃になった女の話(「大公妃ビアンカ・カペッロの回想録」)、異教徒の海賊とのあいだの秘めた恋物語(「エメラルド色の海」)、男しかその職につけないというローマ法王の歴史の中に、じつは女の法王がいたという話(「女法王ジョヴァンナ」)など、これらの短編は、じつは史実だけなく偽古文書や民間伝承などをもヒントにして創られた歴史フィクションなのである。
タイトルが示しているように、この本のテーマは「愛」である。あるいは一歩踏み込んで「性愛」といってもいい。しかし、それは堕落や淫靡(いんび)や退廃といったマイナスなイメージを意味するものではない。作品の背景となった時代のイタリアは、ルネッサンスの華やかな文化が花開いた一方で、ベネチアやフィレンツェ、マントヴァなど大小の国々が乱立し抗争が絶えなかった。政治的、人間的な関係が錯綜していた時代は、女たちも自分自身の生き方を極めなければ生きていけない時代でもあったのだ。
著者は、そんな彼女たちを傍観者として眺めているのではなく、その生き方や考え方に共感している。ここに描かれた「愛」とは、どれも自らの信ずる生き方を真っ当した女たちの、真摯な姿なのである。(文月 達)
海賊に恋をした宮廷の女性の物語「エメラルド色の海」などは、
淡く切ない恋物語であるとともに
地中海沿岸やイタリア半島の各国が置かれている状況と
それぞれの危機意識の違いが、背景として描かれている。
「女法王ジョヴァンナ」も、
漫画的とも言えるような展開で
いつのまにか法王になってしまった女性をコミカルに描写しながら、
当時のカトリック教会の事情もきちんと説明される。
ただ、桐生操という作家の「イタリア残酷物語」という
全く同じ内容の作品が存在するので、
どういうことなのだろうかというのが、私の長年の疑問である。
では、史料ももとにしながら、激しい愛の物語を、まるでその場で見てきたか
のように、或いは同時代に生活していたかのように、リアルに描き出してい
る。かなり官能的な部分もあるので、一定年齢以上のかたにおすすめ。
大抵は、許されぬ愛と、そこからくる破滅、或いは苦難の多い恋愛であって、
お伽話タイプの恋愛物語ではない。姦通した妻は、さっさと処刑される。そう
いう時代だからそうなのだが、時にひどく痛ましい。この本は、文字通り愛に
身を焦がしたイタリアの男女たちの絵巻である。