フェアなユダヤ系アメリカ人論
★★★★★
タイトルから、またユダヤ陰謀論か、と思っていたら全く違いました。
文庫本化にあたってオバマ政権発足後に補筆されているのでタイムリーな内容になっているのもすばらしいと思うのですが、ユダヤ系アメリカ人が政治力の弱いマイノリティーから政治的影響力の強いマイノリティーとなっていったのかが、よく分かる内容です。
あえて欠点を述べるなら、アメリカの他のロビー団体のことがほとんど説明されていないため、アメリカにおける政治団体(圧力団体)の位置づけがややわかりにくいところもあります。しかし、本書を読み進むと見えて来るアメリカ議会への影響力行使の手法は興味深くもあり、恐ろしくもあり、「民主主義」でありながらかなり異質な政治的土壌が理解できます。
政治的にも弱者であった経験があるからこそ、今のユダヤ系アメリカ人による政治力がある、という点においてわかりやすい内容であると共に、キリスト教右派との結びつきを指摘された部分が、個人的には一番の驚きでした。
この本でアメリカ議会や政治家の親イスラエル路線について詳しく知ることができれば、ニュースを違った目で見ることもできるようになりますし、アメリカの先にあるようで実は内包している明確な政治路線がハッキリと見えてくることでしょう。
Jew Deal
★★★★★
「なぜ、超大国のあるじである歴代アメリカ大統領たち、そして連邦議員団は、
自国の戦略的利害にかなう『包括的な中東和平』を犠牲にしてまでイスラエルに
露骨な肩入れを行ってきたのだろうか。そこには……ユダヤ票の力がある。また
ユダヤ・マネーの威力がある。ユダヤ・パワーのエンジンとも言うべきユダヤ・
ロビーの圧力がある。そしてユダヤ・ロビーの意を受けて動くユダヤ人連邦議員
団の働きかけがある。さらに何よりも強力な同盟者であるキリスト教右派の
大票田も見え隠れする」。
本書は2006年の同名テキストの文庫化、ただしエピローグがオバマ政権と
ユダヤとの関わりに割かれているように、かなりの修正が施されたものと見える。
なぜに全人口の2パーセントを占めるにすぎないユダヤ系がこのような支配力を
超大国アメリカに対して持ち得るのか。その答えは例えば選択と集中、本書が示す
彼らの戦略的、戦術的したたかさには世に遍く「ユダヤ陰謀論」よりもよほど寒気を
催さずにはいられない。合理的であること、理知的であること、これに勝る恐怖が
あり得ようか。そして、その背後には理不尽とも見える約束の地への思いがある。
なぜリベラルな価値を標榜するユダヤ系と、保守的――というよりは時代錯誤の
無知蒙昧――な宗教右派が手を結びうるのか? なぜハイ・リスク‐ロー・リターンの
イスラエル国債をアメリカの銀行はこぞって買い求めるのか? グリーン・ニュー・
ディールの推進がひいてはイスラエルの外交的利益へとつながる? などなど、
高密度に展開される情報に私としては唸らされっ放しで、F.ローズヴェルト以来の
歴代大統領との関連などはアメリカ近現代史解釈として極めて革新的。
あえて難点を言えば、現代米国におけるユダヤ神学思想についての基礎情報が
欲しかったかな、というくらい。
いずれにせよ、ユダヤに限らずアメリカを知る上での必読文献とすら思える一冊。
私にとっては、この手の本では『宗教からよむ「アメリカ」』以来の衝撃。
「世界支配の野望」も「陰謀」もないユダヤ論
★★★★☆
2006年に出た単行本に、オバマ大統領の登場以降の模様などを加筆・補強した文庫による再刊。在米ユダヤ人が長く鍛え上げてきたアメリカ政治に対する強大な影響力について、相当量の文献を踏まえて鮮やかに描写し、分析の手を加えていて、飽きさせない。共和党の支持基盤の一つ、キリスト教右派との同盟の成立や、民主党を中心とした歴代大統領とユダヤ勢力の相克と妥協などを、現代史研究の視角からうまくまとめ上げていると思う。アメリカではなぜ親アラブ派が言論を政治的にリードできないのか、テレビの放送枠入手のため、日本と同様、またはそれ以上の資金を必要とする選挙の様子など、教えられるところも多かった。ユダヤ人が隠し持つ「世界支配への野望」だの「陰謀」だのいった、空疎な言葉は一切使わず、それでいてシオニストたちの、日本人からみれば異形というほかない風貌をくっきりと浮かび上がらせる筆致。内田樹氏のユダヤ論あたりと併読すればさらに興趣が増すのでは、と思う。「〜なのだ」「〜なのである」という強調・断定が、あまりに多用され過ぎているのが、難点といえば難点か。