コンピュータ時代を逆照射する問題作
★★★★☆
ファウストは世界の神秘を窮めつくすために、古今の哲学書を読破、錬金術の研究・実践によって自然のあらゆる秘密を探求しようとした。だが、人間的認識の限界に挑戦したこの「知の巨人」は、自然の中に生命の躍動を感ずることができない。生の歓喜へのやみがたい欲求を満たすために、認識への野心を捨てて「悪魔」メフィストに魂を譲り渡し、善悪の観念にとらわれない行動の自由を得て、生気あふれる官能の歓びに酔うが、それは彼を新たな「牢獄」の苦しみに陥れるー
ファウストにおける「錬金術」を、愚かな迷信というなかれ。それは今日の科学に相当する。いや、近代の科学者が一線を画した「超科学的」領域への探求を含むと言うべきか。コンピュータの飛躍的な進歩によって、いかにデータの厳密な吟味と精密な解析結果を誇っているにせよ、今日でさえ科学は人間のプログラムに従った計量・計測・計算の域をでない。「この世をもっとも奥の奥で動かしているものは何か..すべての生あるものを動かしている力はなにか、そのもとはなにか?」というファウストの根源的な問いに、科学的方法のみで答えることはできないからだ。
メフィストはファウストをからかって言う。「人間界はバカ者の小宇宙であって、いつも自分を一つの全体のように思っているが、こちら[メフィスト]は部分の一部でありまして、はじめは一切であったところ、のちには闇の一部になりましてね。」この「悪魔」は、自分の方が人間より謙虚だというわけだ。
ことは科学のみにとどまらない。ファウストは、聖書に言う「初めに言葉ありき」を否定して、「初めに行為ありき」の立場を取る。だがそれは、〈生きること〉と〈認識すること〉がついに一致し得ないディレンマを証し立てる結果になり、人間のこの世における位置と運命を改めて浮き彫りにしていると言えるだろう。恋の陶酔もつかぬ間、第一部の結末で、母と子を殺した恋人マルガレーテの悲痛を、ファウストが我が事と感じ、己の罪深さに茫然とたちすくむところに、そのことがもっとも見事に描かれている。だがメフィストを導師とするファウストの旅は、まだ終わっていない。彼が囚われていた自我の牢獄を脱して、蘇生しうる可能性が暗示されているのだ。
池内紀訳は、原文の詩形式にとらわれず、より自由な日本語の散文形式によって、スピード感とリズム感を重視した名訳である。おそらく上述したような現代の状況を写す鏡としての意味合いを、この古典的名作に読み取ったのではあるまいか。
読みやすさ抜群、だがもう一歩奥を!
★★★★☆
鴎外の名訳があるというので、高校生時代にファウストに初挑戦したが、なにが面白いのかわからなかった。先生に話すと、受験とは関係ないなと言われた。大学生時代だったかに相良訳のファウストが岩波文庫で出たというので読んだ。内容を掘り下げるのに苦労した。自分でも読み方が不十分と思ったし、ゲーテに対する一般的評価とは違いすぎるなと思った。その後、中央公論から手塚訳(手塚富雄訳のことで、池内訳2巻の末尾に出ている手塚治虫の漫画とは別物)が出た。これは面白かった。たしかにファウストは(そういわれるからかもしれないが)、特に第2部が奥が深いなと思った。そして、別の契機から「新訳」というのに興味がわいて、池内訳を読んだ。今までのものとの違いに驚いた。わかりやすさは格段上だ。ただし、この訳を最初に読んだとすると、ゲーテの深みが出ない感じもする。一語一語を理解するのに考えながら読んだ過去のファウストに比較すると、池内訳は「斜め読み」さえ可能である。これは、過去とは違って、時間にゆとりも出来て、ゲーテの「イタリア紀行」を携えながらナポリからパレルモへ船で渡ったり、ヴェネチアを楽しんだり、ギリシャ神話の母国やトロイ遺跡へ行ったりした後で読んだから、よけいにわかりやすかったのかもしれない。ちなみに、シチリア島のパレルモを歩くと、ゲーテの時代を感じることが出来るから面白いものだ。この池内訳は、活字離れの進む今の若者にはいいだろう。ファウストの粗筋を知って、手塚訳か相良訳に挑戦してもらうとよけいにいいと思う。特に、全てを「金銭」で判断したり、片づけようとしている今の日本の社会を見ると、多くの人(若者も高級官僚も政治家も)にファウストを読んで、考えて欲しい(特に第2部)。なお、池内訳では解説が素晴らしい。挿絵は断然、文庫ではない手塚訳のものだ。★4の理由は、新しさ(読みやすさ)と豊富な内容の解説への高い評価に、これだけではゲーテを理解するには不十分であることと挿絵のまずさのマイナス点を加えたものである。
積ん読だったけど、読み終わった。読んでみるべきです。
★★★★★
“ファウスト”積ん読の一冊だったのに、読んでしまった。
池内訳の散文は一気に読めたし、山本容子の銅版画のイラストもぴったりだと思った。
前半は、戯曲という形式と、神や悪魔などを受け入れるのにちょっと戸惑ったが、霊液で若返り、マルガレーテにいいより思いを遂げるファウスト。そのためにマルガレーテは、ファウストに兄を殺害され、母は死に、妊娠。産まれた赤子を殺し、獄に繋がれる。彼女に救いはあるのだろうか。最後の場面には、感動した。
読むきっかけとなったのは、北村薫「スキップ」のなかに「時よ、とまれ、おまえは美しい」の「ファウスト」の詩句を読んだことにある。
古典とは、さまざまなものに影響を与えているのだ。人間は何時の時代も変わらない。読み返すほどに奥が深いと思う。
わからない・・・
★★★☆☆
作品がすごいのはわかります。というか有名なのですごいのはわかるんですけど、僕の頭ではよくわかりませんでした。
恋したり、悪魔がでてきたり、本から学んだ云々というがあった気がしますが・・・いまいちよくわかりませんでした。急に歌いだすのも外国文学ならではでしょうが、歌もなんとなく理解はできても感じることはできませんでした。
まだ未熟だからでしょうか・・。
またいつか読んでみようと思います。この本ハードカバーでメチャクチャでかいです・・・
文庫版にすればよかった・・・・
今までに無い素晴らしい訳本
★★★★☆
ファウストと言えば、相良守峯先生の名著と思われている方にも是非ご一読をお薦めしたい。
深くを追求するには、あまりにも困難きわまるゲーテであるが、このような訳が可能であるのかと、驚きながら一気に読みきってしまった。
本来の文章を追う訳本である場合、言語差による面白みの欠如からどうしてもストレスを感じてしまうのだが、異国への憧れ、人の本質、著者の伝えたいイメージがぐぐっと押し寄せてくる感じ。
ゲーテは難しいと苦手意識のある方にも安心して薦められる。少しの西洋史か神話の知識があれば、青少年にも楽しめる内容であると思う。
個人的に、挿絵のイメージが異なり星4つとさせて頂いた。