はじめに、この本では永野、山本、高松宮、保科などの登場人物像の性格や思考、行動について、よく理解した上で書かれており、関心しました。私は鳥居さんの推察は的を射ていると思います。永野修身が家族に当てた手紙にも鳥居さんが指摘している様な内容のことが書かれています。
また、同じ軍令部関係者である永野と高松宮の一連の不可解な行動もよく理解できました。
ただ、一つ気になるのは「内乱」のところです。私も木戸大臣が責任逃れに使っている「内乱（天皇が国民に向かって中国からの撤兵を言明したり、対米戦にノーといったら内乱となり、秩父宮を擁立することになる云々）」については嘘だと思います。ただ、天皇が何も言明しない状況下で、海軍が異を唱えたならば間違いなく陸軍や国粋派の民衆との対立は避けられず、内乱は起きていたと思います。終戦直後の混乱を見ても、当時の陸軍の過激派や極度な国粋主義者達は、戦争をすることが天皇のご意思だと考えていたのは間違いありません。つまり、彼等の目からみれば異を唱える者は反乱軍であり、逆賊的な行為として写る可能性があります。

鳥居氏の該博な史料渉猟、史料の行間の空白を埋める想像力の確かさは、かねてから敬服している。
国粋主義、教条主義、いずれのイデオロギーにもとらわれない史観の確かさは、随一と言って良い。

しかし、本書のテーマは既に「昭和二十年第一部１２　木戸幸一の選択」で述べられている
ことである。
それをさらに補足・増補しようという著者の試みは尊いことである。
確かに、本書によって山本五十六の開戦回避工作の輪郭が、前著より一層明らかになった。
しかしその一方で、木戸幸一の「意識的不作為」についての鳥居説は、既に何度も披瀝されている。

「昭和二十年」という、大河年代記の愛読者とすれば、補訂は「昭和二十年」続巻上でしていただき、「まずはライフワーク『昭和二十年』完成に専心を！」と申し上げる意味で★五つである。
同時に、この本ではじめて鳥居氏を知る読者には、日本版「ローマ帝国衰亡史」ともいうべき、
「昭和二十年」通読を、是非とも薦めたい。