日米戦争は避けられたのであろうか? 近衛文麿の戦争責任とは
★★★★★
工藤美代子氏の「われ巣鴨に出頭せず−近衛文麿と天皇」は2006年7月、本書は少し遅れて2007年3月が初版である。工藤氏の著書は、従来の近衛文麿の評価を大きく変えるものであった。鳥居氏も緻密な事実の積み重ねと独自の考察により近衛文麿自裁の真相に迫る。結果的に工藤氏の同様な結論となっている。決定的な証拠に欠くとか、真偽のほどはわからないといった批判があるかも知れないが、このような真相の追及には著者のような手法しかないことは認めざるを得ない。
敗戦後、近衛はGHQの了解のもとに新憲法案作成に取り組んでいたが、一夜にして運命が変わる。東京港に停泊中の米艦アンコンに連れ込まれ、著者のいう「木戸・ノーマン史観」による「ミニ戦犯裁判」を受ける。近衛は、ことの真相を悟るが、「黙して語らず」、巣鴨への出頭を前にして従容として死を選ぶことになる。
近衛自裁についての鳥居氏の推理は、工藤氏と同様であるが、木戸内大臣の不作為が開戦の結果となったというのは必ずしも説得性があるものとは思えない。例え9月6日の御前会議のあと天皇の優諚により陸軍が中国撤兵を認めたとしても、満洲国を放棄しない限りいずれ米国との開戦は避けられなかったのではないか。なお、日本生まれのカナダ人、GHQの一員として日本の戦後処理に大きな影響を与えたハーバート・ノーマンについては工藤美代子「スパイと言われた外交官 ハーバート・ノーマンの生涯」に詳しい。
推理小説を読むようでわくわくしながら読めた
★★★★★
ある程度前期昭和史の知識があれば楽しく読めると思う。
後半の近衛文隆氏がもし終戦後にすぐ復員することができていたらというIFは
面白いなと思った。
確かに文隆氏がいれば近衛文麿元首相の悲劇も無かったかもしれない。
さらに文隆氏が戦後政治史に登場していれば戦後日本史も大分変わったのではないか、
とも思う。
それにしても近衛文麿元首相のご子息や当時の関係者でまだ存命しておられる方も
いるはずだがこういう本を出しても大丈夫なのだろうか??
何より、戦後の昭和天皇と木戸幸一との関係をどう考えればいいのか。
まさか昭和天皇が何も知らないという事は考えにくいのだが・・
読み物としては面白い
★★★★☆
読み進むにつれ、資料的な裏づけが乏しい点は確かに気になる。しかし、多くの歴史的真実は公然と語られることも、書き残されることもなく、いわゆる定説の形成過程で埋没していくものだろう。したがって、書き残された万巻の資料を博捜しても、必ずしも真理を解明することには繋がらない。資料至上主義の呪縛に囚われた研究者が持たない自由な推論を披瀝する書き手がいても良いだろう。日本の危機的局面において、三次にわたり組閣した近衛氏の責任論に甘い、という印象は受けるが、著者が本書で祖述する推論の大筋は納得できる。一つの戦後史として、一読の価値はある。
どこまでが事実でどこまでが筆者の推測か?
★★☆☆☆
書店にてえらく平積みされていたため思わず購入しました。
第一に感じた率直な感想としては、時系列で話が進まずやたらと前後するため、ひどく読みにくいということです。また、小説仕立てにすることが狙いなのか判断が付きかねますが、どこまでが資料に基づいた事実でどこまでが筆者の推測なのかがわかりにくく、歴史ドキュメンタリーものとしては不満が残りました。特に、”元内大臣木戸幸一とGHQ調査分析課長のE・H・ノーマン、そして都留重人による驚くべき陰謀があった”という最も重大な主題に対しての史料の裏づけに乏しく、初めからそれが前提で話が展開されていった点に苛立ちを覚えました。その上、もったいぶったような仰々しい言い方が目に障り、延々と「たら」・「れば」話につき合わされ、ますます不快感を増幅されるにいたるなど、個人的には不満の残る一冊でした。
老いてなお
★★★★★
鳥居民、多くの著作をものしながら、その素顔は驚くほど知られていない。もう八十近い年齢のはず。にもかかわらず、この作品の切れ味の鋭さはどうだ。武者小路実篤も最後は同じことを繰り返す作品を残し老醜をさらした。最近は寿命が延びたが、同時に作家の寿命が驚くほど延びている。「信長の棺」の加藤広しかりである。鳥居氏の「まだまだ若いもんには負けんぞ!」という気迫あふれる本を前にして背筋の伸びる思いがした。