同時代人としての孟子の遍歴
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岩波文庫の四書で唯一金谷治氏が訳注を担当していないのが「孟子」だったのが気になったが、氏によるこの新書があったので読んでみた。
内容は、「孟子」という書物が歴史的に、あるいは読者によって評価を異にしてきたことの脈絡や、孟子が生きた時代の趨勢を明らかにしつつ、孟子自身が同時代の状況に影響を受けたり、それに反発しながら弁論を立てていた様子を、「孟子」の言葉と照らし合わせて著したものになっている。「孟子」自体を読んだだけでははっきりしない戦国時代の史実や社会状態に多く触れているので、「孟子」で説かれていた内容が特定の意図をもって用いられていたことに思いが及ぶ効果がある。ある面では野心的で、その説は理想主義的でもあり、結果として政治参謀としては敗北していった様子を、著者は擁護する方向で叙述している。
「孟子」だけを読んで考えると、どこか権威主義的な言葉に反発を感じてしまう人も多いのではないかと思うので、この新書を読めばバランスが取れるのではと思う。自分の実感としては読みかけの「荀子」の方が馴染めるというのが本当のところだが、孟子にしても荀子にしても目指すところ、また実際の修養上の振る舞いに違いがないということは著者がここで述べている通りだと思う。
若干行き過ぎた理想主義かもしれないし、自分が望んだ成功を手に入れられなかったのも確かだろうが、理想を目指して生きたこと自体は責められることではないし、否定されるべきことでもないし、とてもよく生きた人なのではないか、と素直に思えた。
あと、終章の史料分析がとても興味深かった。著者の仕事の現場を少しだけ垣間見ることのできる内容で、歴史家としての著者の姿がよく見えてくる。
岩波文庫の「孟子」とセットで読むと効果的だと思います。
いまこそ孟子を
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理想をもって行動した人物、孟子を、共感をもって描いている。孟子の理想とは、情け深い君主が民を大切に治めていく、という事だった。理想にかけた人間の姿を、この本は、文献を駆使して、過不足なく鮮やかに描いている。孟子の精神に肉薄しているので、その存在を肌で感じ取れるような気がするほどだ。この本が持つ爽やかさは、著者の人間性にもよるものが大きいだろうが、しかし孟子の思想そのものが既に爽やかなのだ。人間は他人を思いやる「仁」の心をもち、人を慈しまねばならない、と言う。孟子によれば、仁の心は誰もが持っている。その証拠として彼は、家族を大切に思う心を挙げる。誰か自分以外の人間を大切に思う事ができるならば、その心を拡大して人間そのものを大切に思えるようになることも可能だ、と言うのだ。これが孟子の道徳論の基本であり、僕には説得力があるように思える。悲しいかな、いま起きているのは逆の事だ。人が人を大切に思わなくなり、遂に家族までも大切に思えなくなってしまう。そんな今こそ、孟子を読む意義はある、と思う。