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倫理とは何か―猫のアインジヒトの挑戦 (哲学教科書シリーズ)

価格: ¥2,376
カテゴリ: 単行本
ブランド: 産業図書
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永井倫理学の集大成 ★★★★★
 自我論と道徳論の二つに大別できる永井哲学の、こちらは後者に照準をしぼった哲学入門書である。永井の道徳論はこれまで断片的に各著作に収録されていたが、これほどまとまった形で刊行されたのは初めてであり、書き下ろしの力作である。
 M先生による倫理学の講義と、その受講生である祐樹と千絵vs猫のアインジヒトの議論が交互に、対話式の読みやすい構成で進行する。哲学史の勉強にもなるという点では、ベストセラーになったゴルデルの『ソフィーの世界』を彷彿とさせるが、本書の方がはるかに哲学的レベルは高い(しかも分かりやすい)。無愛想で口の悪いアインジヒトは永井の分身であろうが、その口から語られる永井倫理学は池田晶子をして「狂の域に達している」と言わしめたほど冷酷なまでに独我論的である。
 第7章で繰り広げられるアインジヒトとM先生との直接対決(論争)は本書のクライマックスであり、迫力ある議論の応酬には映画を観ているかのように興奮させられる。二人が実は同一人物であるという「オチ」は永井の偽らざる本心であろう。「人を殺してもいい」とうそぶく哲学者永井均と、恐らくは人殺しなど考えたこともないであろう人間永井均との分裂は、そのまま言葉と行為の分裂でもある。思想の高みに飛翔するために行為という足枷を取り払わざるを得ない哲学者にとって、言行不一致は深刻な問題であり、ある意味ではもう一つの倫理学と言えるのかも知れない。誤植が散見されるのが惜しまれるが名著である。
倫理学に胡散臭さを感じる人へ ★★★★★
倫理を哲学する本。架空の大学教授の講義とその講義を受けたらしい学生二人プラス猫一匹の対話という形式で話は進んでいく。講義の方は無難な倫理学史といった感じだが、それに批判的な対話部分が続くことにより面白さが増していると思う。登場する学生のキャラクターも妙に偽悪的だったり倫理に関心がなかったりと普通だったら劣等生のような設定。しかも彼らが最後まで丸め込まれたり改心することもない。よって本書は倫理学をすんなり受け入れられない人が、受け入れられないことをそのまま肯定できるような内容になっている。倫理学に胡散臭さを感じている人は、その胡散臭さの元に何があるのかを発見できるだろう。それでも本書を一般教養倫理学の教科書にしている先生もいらっしゃるそうなので、「教科書」としても問題はないようである。

猫アインジヒトが妙にかわいらしいこと、後半のドラマチックな展開、肝心なところを「愛」の一言で済ませてしまうあたりには賛否両論があるかもしれないが、読書案内などきちんとフォローもされており、初学者は一読して損はないだろうと思われる。
おもしろい ★★★★★
私の著作の精神の好意を持ってくれる人だけに話しかけたい、とまえがきにある。そのためか本文中に登場する哲学猫アインジヒトと学生は共通の世界に対する感覚をもつよう設定されていて、話はテンポよく進む。
アインジヒトは身を削って私たちに「真実」を語っているのだから、心して聞きたい。

ちなみに永井さんの著作に登場する猫はインサイト、ペネトレ、そしてこのアインジヒトと三匹目である。彼らが順調に増えていつか猫の集会を開いてくれるとうれしいな。

倫理をめぐるエンターテイメント ★★★★★
「モラル」って、無条件にありがたく思わなくてもいいんだ、ということが理解できます。それを理解しないでも、論理的にものを考える力が確実に身につきます。後者は、永井さんの他のどの本にもいえることなのですが。あと、単純に読んで楽しめると思います。というのも、彼の書く本は本質的に小説であり、しかも、読み手の好みと感性にもよりはしますが、それは優れたエンターテイメント小説だからです。

永井さんの本が「小説」だというのは、それがあくまでも、「私」が「私」の言葉で「私」だけにしかわからないはずの思いを描くものだからです。それがむちゃくちゃ論理的に書かれているので、いちおう「哲学」のジャンルに入ってしまうのですが。だから、ほかの哲学・倫理学の先生方とケンカになります。その対立や対決もまた小説的であり、それは本書にも出てくるポイントであります。おもしろいぞ。

「利己主義」をもっとも深い水準で肯定する ★★★★★
良い本というものは、少し読み進むたびに読み手の思索を触発するので、頁を繰る手が止まってしまう。この本がまさにそうだ。後期ウィトゲンシュタインが提起した独我論の視点、すなわち、他者に向かって語られる言語には原理的に収まらない「自己中心性」から、倫理の根本にある問いが捉え返される。本書の主人公はアインジヒトという名の猫であるが、カズイスティークを独我論のレベルで展開できるのは、彼が我々のone of themになれない猫だからだ。猫の視点から見れば、私は世界の中の一員ではなく、社会を含む世界全体が私の中にある。この構図に立てば、道徳が「定言命法」という形式以外にありえない必然性がよく見えるので、ホッブズとカントの原理的な補完関係もよく分る。そして定言命法は、実は「自己中心性」という「利己主義」の中でこそ本当に生きる。なぜなら、世界は私の中にあるからだ。正義論と功利主義の調停などというけちな話ではなく、定言命法と利己主義が論理的な表裏の関係にあるというのは、爽快なまでに面白い洞察ではないか。猫と二人の学生の対話は章の展開とともに深まって行く。M先生の倫理学史の講義も、無駄がなく核心だけが書かれている。嬉しい本が誕生したものだ。