本書は1975年に出版された絵本を2003年に復刊したものです。
「はせがわくん」が出くわした事件とは、昭和30年の森永ヒ素入りミルク事件です。私が生まれるはるか前の話ではありますが、私も母からこの話は聞いたことがあります。来年2005年で事件から50年が経過することになりますが、これは戦後の大量生産経済のひずみが生み出した企業犯罪事件の走りともいえるのではないでしょうか。
本書の絵はモノトーンの版画で実に素朴に描かれています。
そして本文には関西弁の奇妙に滑稽な文体で「はせがわくんきらいや」とはっきり書かれているのですが、「ぼく」が「はせがわくん」に寄せる独特の友愛の念が行間のそこかしこに滲み出ているのです。その心情表現の見事さに心打たれます。
障害者への差別を大上段から戒めるという作風は全く見られません。むしろ、「はせがわくん」のような子供を2万人も生んでしまった乳製品メーカーに対して、静かではあるけれど厳しい眼差しを向けているといった様子があります。
森永ヒ素入りミルクという事件がどんな社会的衝撃を与えたのかについて、そして森永に続く数多くの「企業の犯罪」について考えるきっかけになる書といえるでしょう。絵本といえどもあなどれません。
第2、第3の「はせがわくん」を生まないために私たちには何ができるのか。
絵本が様々な可能性を秘めた表現手段であるのだということにも思いを馳せる読書でした。