彼らが提唱しているのは企業評価のための「バランスト・スコアカード」といって、従来の財務諸表に代わる野心的ツールである。2人は、そのバランスト・スコアカードに関する本をすでに1996年に公刊したが、それを理論書とすれば、2冊目に当たる本書は実務家のための手引書ともいうべきものである。
従来型の業績評価は財務尺度だけで行われてきた。しかし財務尺度は、過去の行動の結果を示す遅行指標にすぎない。それに対して著者が提唱するバランスト・スコアカードでは、財務の視点に立った尺度のほかに、顧客、内部プロセス、学習と成長という3つの異なる視点に立った尺度が考慮される。結果として、それは戦略の測定に役立ち、戦略実行の有力な武器となるのである。記述は平易で、わかりやすく、具体的である。戦略志向の組織が持つべき5つの原則を提示し、それに沿って豊富な事例がレポートされている。
著者の1人のキャプランはハーバード・ビジネス・スクールの教授であり、もう1人の著者のノートンは、バランスト・スコアカードの研究・普及を業務とする会社の社長である。理論的に野心的なツールをアカデミックな世界にとどめずに、広く普及させようという強い意志が、このコンビには感じられる。
実際、本書を通読すると、この書物自体がバランスト・スコアカードのよくできたプロパガンダだという印象さえ受ける。とはいえ、本書が実務的に有用な手引書であることには疑問の余地がない。翻訳も、丁寧な仕事である。
あえて本書に不満をもつとすれば、日本の事例が含まれていないことだ。もう1つ、研究開発といった不確実性の高い業務を担う組織で、バランスト・スコアカードがいかにしたら適用可能かも触れられていない。(榊原清則)