現代の日本での子育てに参考になるのではないかと
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サンケイ新聞サイゴン支局に赴任した近藤紘一が,ベトナム戦争のイゴン陥落に前後して結婚した妻とその連れ子と東京で生活する。
後にバンコクへも赴任して「バンコクの妻と娘」という本も出版するのであるが,家族への思いを書いた最初の本である本書には,妻と娘への愛情がふんだんに注がれている。ベトナム人の妻が子育てについて著者とぶつかるくだりも,現代の日本での子育てに参考になるのではないかと。
惜しくも早くして亡くなった著者の,ちょうど現在の私の年代に経験したさまざまな出来事がみずみずしく描かれている。
ベトナム戦争について詳しくなくても,楽しく読める本。是非。
日本人に近いベトナム人
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つい先日、会社の仕事で初めて1週間ほどベトナム(ホーチミンとハノイ)に行きました。今、ベトナムは年率20%強のインフレと株価暴落等で経済が混乱状態にありますが、私がベトナム人から感じたものは日本人がいつしか忘れてしまった情熱やバイタリティ、ハングリー精神といったものでした。朝早くから活動するベトナムの人々や道路を埋め尽くすバイクとクラクションの洪水がなぜか懐かしく思い、本書を手にとりました。本書はベトナム戦争後の混乱したベトナムが舞台になっていますがそこに描かれているベトナム人は私が感じたベトナム人となんら変わらないものでした。勤勉でありながらどことなくのんびりとしているベトナム人はどことなく日本人と似ている気がします。宗教も同じ大乗仏教ということも関係あるのかもしれませんが、本書を読んでますますベトナムが好きになりました。食糧自給率が高く、石油も多く採取できるベトナムはこれからも日本のよきパートナーになるはずです。ベトナムのことを詳しく知らない人はぜひ本書を読んでベトナム人の性格や気質を理解していただきたいと思います。夫婦や親子だから書ける本音のベトナム人を知ることができると思います。
初めて注目したジャーナリストでした
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読んだときは中学生だったので、全部しっかりわかったかと言えば、そうではなかった。今読み返せばそれがわかるが、わかる範囲でさえ、いろいろ衝撃を受けた著作だった。亡くなったときは心底、惜しいと思った記憶がある。
最初の奥様を亡くしておられるから、ベトナムで出会った奥様とユンちゃんに注ぐ目は限りなく優しい。ベトナム語も日本語もフランス語も中途半端な娘に対する過度なほどの気配りは、当時はピンとこなかったが、今になってよくわかる。人間、言葉でものを考えるのだということが、実感できるようになったから。国際教育も何も、まず日本語をきちんと学んでからだと思うのは、この方の影響だと思う。
彼は、いきなりパリにマンションを買った奥様に、ご友人から借金をして送金している。いつになったら返してくれるのかと問われて、「ソ連が北方領土を返したら返す」と答えておられた。これを読んで以来、ベルリンの壁が崩れたとき、ソ連が消滅してロシアになったとき、世界情勢が大きく動くたびに、何となく近藤氏のことが頭に浮かぶ。「ベルリンの壁がなくなったら」って言わなくてよかったね、近藤さん。
妻子への愛 そして 鋭く未来を予測したベトナムへの考察
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ベトナム人子連れ女性と結婚し、日本でのその生活振りを記した本。
南ベトナムに国籍を置いていた子連れの女性と戦争末期に結婚し、必然的に生活をせざる得なかったこの家族の物語は好奇心を誘うし、本書の文章もおもしろい。
ベトナムと日本との文化の違い、飼っていた兎を調理して食べてしまうほど、ベトナム女性はパワフルでどこかコミカルだ。
後半は沖縄に漂着したボートピープルの取材を通して、独自の主観からベトナムの未来を考察しているが、それが見事に当たっている。
著者は文中にベトナムはすでに修正主義が始まっている予測した。
著者が予言した通り、ベトナムの修正主義は戦後11年後の1886年に始まり、今開花しようとしている。戦後すぐに修正主義を予想した著者の考察には敬意を表せざる得ない。
著者は文中後半に下記のような文章を書いている
「かりに私自身があの土地に生まれ育ったら、時の政治体制や社会形態にかかわりなく、世界のどこを放浪してもやはりあの地域の地表にたちこめた、自然と人間の濃密な生命力に対して郷愁を抱き続けるだろう。(中略)あの茶色い水をたたえるメコン河の、優しく悠久な、そして広大すぎて少々間の抜けたような流れを思い浮かべるのではないだろうか。」
生まれ育たなくても、一度あの土地を旅すれば、日本人であれば誰もが郷愁の念を抱くことは著者も知っていたに違いない。
世紀を超えて
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生とは。
偶然の出会いによって導かれるシンプルなもの。
緩やかだったり激しかったりするけど、とにかく流れにのって生きていくしかないんですね。そうして出会ったヒトと家族になり、生きていくという人生のさわやかな醍醐味を感じさせる本。
いや、しみじみと素晴らしい本です。
81年に書かれて、25年後に読んだわけですが、この本は世紀を超えてます。