これまでの作品の中でも、『The Brethren』(邦題『裏稼業』)は多くの点で最も挑戦的な作品である。この小説は2つの別々のストーリーから構成されている。最初の物語では、前科があり、権力や影響力をなくして失意にある3人の元判事(タイトルでもある「裏稼業」の実行者)が、裕福な隠れゲイを次々と餌食にする巧妙な恐喝計画を企てる。2つ目のストーリーは、大統領候補アーロン・レイクが頭角を現していく軌跡をたどる。レイクは、CIA長官テディー・メイナードが、窮地に立ったCIAの威信を取り戻すために計画的に擁立した操り人形である。
読者は、2本の曲がりくねったストーリーをきりりと引き締めるグリシャムの手綱さばきに身をまかせて前半を読み進みながら、この2つの世界がどのように、そしていつ、絡みあうのかをくつろいだ気分で推理できる。繊細な人物描写も印象的だ。とりわけ最高裁判事ハットリー・ビーチは、魅力的、悲劇的な引き立て役である。永久職の判事で富豪であるビーチは、飲酒運転で自殺を図って刑務所に入り、その後、離婚、破産、孤立と、道を転がりおちていく。
大統領をめぐる政略や、犯罪を犯した判事に対する著者の冷ややかな視線は、ストーリーにいくぶん暗い影を落としている。CIA長官テディー・メイナードは全権を掌握する悪魔であり、民意と公債についての深く広い情報網と、それらを支配する絶対権力を持つ。彼が推す大統領候補、上院議員のレイクでさえ、宣伝キャンペーン、不正献金、国際的陰謀といった極端に自己中心的なメイナード戦略の、ひとつの駒でしかない。『The Brethren』は、読者をたっぷり満足させる結末より思索的な叙述に重点がシフトし始めた、グリシャムの作家活動における転機とも言える作品である。とは言え最後の50ページは、寝不足になろうと読まずにはいられない。