さて、本書は、言語をいかにして科学の対象に据えるか、というソシュールの苦悩を出発点に、ヨーロッパの構造言語学と音韻論の展開、アメリカの構造言語学とチョムスキーの生成文法、記号論の諸相など、20世紀の言語学が何を問題としてきたのかを要領よく説明してくれる有り難い本だ。現代哲学がなぜ言語学に関心を寄せるのかもよく理解できる。重要な用語や人名も過不足なく網羅されていて、バラバラに仕舞い込んだ知識を整理するのに大いに役立つ。
ただ少々難を言えば、「言語記号の恣意性」といった重要な概念の説明が粗略であったり、かと思うと、本筋からは外れるトリビアルな事項の説明に妙に力がこもっていたり、記述にバランスを欠く点を散見する。「入門」と題しているが、初学者の興味・関心を自然に喚起し誘導するための配慮が充分とは言えない。少なくとも僕は、何も知らないままこの本を読んだら、言語学を学ぶ気になったかどうかわからない。
あくまでも言語学や現代思想について既にある程度の知識を持っている人の「再入門」用として、本書を推したい。