1998年9月23日、ニューヨーク連銀理事会室は緊迫した雰囲気に包まれていた。協議の席にはウォール街の大手銀行の全頭取とニューヨーク証券取引所議長、多くのヨーロッパ資本の銀行の幹部らが、ずらりと並んでいた。かつて巨額の利益を得て羨望を集めたが破綻した債券取引会社、ロングターム・キャピタル・マネージメント(LTCM)を救済する異例の善後策を話し合うために召集されたのだった。ロジャー・ローウェンスタインの新著『When Genius Failed』は、ニューヨーク連銀による先例のない対応と、LTCMの夢のような業績を上げた日々から劇的な破綻に至るまでを描いた、興味深い読み物だ。
ローウェンスタインは、金融経済ジャーナリストであり、『Buffet: The Making of an American Capitalist(邦訳:ビジネスは人なり 投資は価値なり ウォーレン・バフェット)』の著者でもある。本著ではLTCMの経営陣、参画した経済学者、そこに見られる人間関係をつぶさに観察し、また絶頂から転落に至る資金運用の流れを細かく調べ上げ、あたかも熟練した外科医がメスをふるうかのような正確さで書き進めている。同社の創業者ジョン・メリウェザーは謎の人物であり、20年近くをソロモン・ブラザーズのトレーダーとして過ごしたが、ここでトップレベルの金融経済学者を雇い入れてかの有名なアービトラージ・グループを作った。メリウェザーは、証券取引委員会に不正取引の疑惑をかけられてソロモン・ブラザーズを去ったが、ほどなく次の事業を立ち上げた。ソロモン・ブラザーズ時代に雇い入れた人材を軒並み引き抜き、とうとう前・連邦準備制度理事会副議長デビッド・マリンズまで経営陣に迎え入れ、同業者の頂点に立つ同社を創業したのである。
1994年、LTCMはお披露目を経て開業した。博士号を持つパートナー(最高幹部)らの社交能力のなさと研究業績に無関心な投資家に対する慇懃無礼な態度にもかかわらず、12億5千万ドルもの資金を調達した。ヘッジファンドLTCMの手法は、何千もの銘柄の取引により小額の利益を稼ぐというもので、「たとえて言うなら人には見えない小銭を掃除機で吸い取っているようなものだ」と、同社のパートナーであったノーベル経済学賞受賞者、マイロン・ショールズ教授は表現した。当初2年間で、LTCMは16億ドルの利益を上げ、パートナーらに高額な報酬を支払った後でも、その40%以上が純益として残った。1996年春までに資産額は1400億ドルに達していた。しかし破綻はすぐにやってきた。1998年になると業績は毎月悪化の一途をたどり、ついに8月、壊滅的に破綻してパートナーらが混乱を極めた対応を見せるに至る。こうした一連の状況について著者ローウェンスタインは克明に記録しており、その記述には思わずひき込まれる。
アービトラージは非常に込み入ったものであるから、著者は、本文中に頻出する投資業界の特殊用語についてはもっと掘り下げて説明してもよかったかもしれない。とはいえLTCMのストーリーの魅力は、眼の回るようなテンポの速さにある(この短命なヘッジファンドが出した眼の回るような巨額の利益と損失も、もちろん大きな魅力だが)。ローウェンスタインの、滑らかでカジュアルな、たたみかけるような語り口は、内容の展開にぴったり合っている。批判の声が相次ぐ中で連邦準備制度が破綻したLTCMの救済に乗り出した背景には何があったのか、興味のある読者にとっては、非常におもしろく読める1冊だ。
なぜ天才集団が破綻したのか、その理由を知りたかった!
★★★★★
1990年代に起こった本当のお話です。
債券の帝王と呼ばれたジョン・メリウェーザー氏が率いるヘッジファンド、ロングターム・キャピタル・マネジメントの設立から破綻に至るまでの経緯が克明に描かれています。
トレードの主になるものは債券のアービトラージ取引なのですが、このファンドを一躍有名にしたのはノーベル賞を受賞した人たちが加わっていたためでもあります。
オプション取引の理論値を計算できるブラックショールズ方程式を編み出したマイロン・ショールズ氏と後にそれを証明して見せたロバート・マートン氏がLTCMに加わっていました。
この本をどうしても読んでみたかった理由は、金融工学の天才の集団が4年近く驚異的な利益を生み出したにも関わらず、最後は追いつめられて破綻した理由を知りたかったからです。
あまり詳しくお話しすると読む楽しさがなくなると思いますので感想だけを述べますと、最後まで自分の土俵で勝負しなかったことが最大の原因であり、尚且つ、ファンドとしての全体のマネーマネージメントができていなかったということが二番目の原因だと個人的には理解しました。
大なり小なり、これは全てのトレーダーに共通する点だと思います。
興味のある方は是非ご一読ください。
推奨
★★★★☆
知的刺激溢れる傑作である。書名の「天才たち」とはLTCMを舞台に活躍した金融工学者とその頂点に君臨した天才トレーダー、ジョン・メリウェザーなどである。物語は、ニューヨーク連銀におけるLTCMの救済対策会議から始まる。いかにもジャーナリストらしいストーリー展開である。「火種はあまりに小さく、ばかばかしいほど遠い話に思えて大きな意味をい持つとは誰ひとり予測していなかった。だが、何かが起こるときは、いつでもそうではないだろうか?港で船荷の紅茶が海に投げ捨てられる(ボストン茶会事件)。皇太子が狙撃される(オーストリア皇太子フランツ・フェルディナンド暗殺)。あれよという間に、火薬庫に火がつき、危機が広がり、気がつけば、世界が変わっている」(p.12、カッコ内レビュアー)という言葉には思わず唸った。歴史観察に対する卓見である。また、メリウェザーを評した作家のマイケル・ルイスの言葉、「成功した時も、失敗した時と同じ緊張半分の無感動な表情を浮かべている。おびえと貪欲さという、トレーダーにとっては命取りのふたつの感情を、彼は並はずれた自制心で抑えることができ・・・」(p.30)にも心底感服した。優れたトレーダーの資質をこれほど的確に言い当てた表現にかつて出くわしたことがないからだ。
訳者のお二人は、未知の方であり、金融は必ずしもご専門ではないようだが、大変良い翻訳をされたと思う。翻訳の出来栄えには5つ星を進呈したい。
分布曲線のの両端が細くなだらかだとは限らない[原書review]
★★★★★
パートナーに2人のノーベル経済学賞受賞者を含む最高の頭脳集団で構成されたヘッジファンドLTCMの劇的な盛衰のドラマを描いた秀逸な作品。アジアの通貨危機、ロシアの債務不履行に翻弄されるパニック状態の市場環境下で、過去のパターンのから未来を予測する数学モデルへの過信とEfficient Market HypothesisやRandom Walkへの盲信(仮説と事実を履き違える)に基づくポジショニングが、ことごとく裏目に出る様子、思惑の異なる主要銀行各行によるLCTM救済への道程の描写は、差し迫った緊迫感が伝わってくる。
また、市場は必ずしもrandom walkではない(≒分布曲線の両端が細くなだらかな曲線になっているとは限らない[curve with fat tails])ということを、コイン投げ(1回1回が互いに独立した感情に左右されない行為)とマーケットでの価格形成(記憶や感情を含む)の比較や、riskとuncertaintyを峻別して記述しているChapter 4 “Dear Investors” は統計やファイナンスの基礎的な知識のある読者には興味深いのではないだろうか。
市場の支配者「神の見えざる手」に挑戦した男たち
★★★★★
顧客獲得の為の行脚。自分たちの投資手法を理解しない投資家たちにトレーダーが吠える「あんたらみたいなバカがいるから儲かるんだ!」・・・正解。ただし皆が理解するまでは。長年の経験と嗅覚を売りにした「相場師」の独壇場だった当時のマーケットで数式を駆使して証券の理論価格を弾き出し、マーケットに理論値とのズレがあればその差を拾いに行く、、、今では常識と化した同一商品間裁定取引(アービトラージ)と呼ばれる手法は当時革命的であった。それは従来の相場師たちからすればゴミのような「誤差」に過ぎない、しかし自己資金を担保に借り入れを起こし投下資金を数倍あるいは数十倍にすればその誤差を数倍、数十倍にでき、極めて少ないリスクで莫大なリターンを得ることが出来る。当初は大成功であり名声を得た。しかし徐々に手法が知れ渡り競争者が参入し、今まで取りたい放題だった市場の「誤差」は瞬く間に埋められリターンは小さくなる。さらなる誤差を求めて不確定要素が極めて少なく確立した理論計算が通用しやすい先進国国債からターゲットを発展途上国、社債、株式へと移して行く。それらは不確定要素が多すぎ理論価格の算出には懐疑的だったが彼等はせざるを得なかった。当初の名声により莫大な顧客からの資金が流入中で、かつ顧客は当初あげた極めて高率のリターンを数十倍に運用資金が増えた現在でも等しく期待していたのだから。そして全ての市場参加者が彼等と同じ理論に基づいて行動したとき、理論が売りシグナルを出しても(皆が同じ行動を取るから)「カモ」になる買い手は現れず、市場参加者丸ごと引きずり込む「理論値を超えた」異常な変動を引き起こし、ファンドは崩壊する。
最強の投資理論はそれが最強であると皆が認めたとき、それが故に最強では無くなった。
個人投資家の方は必読です。
★★★★★
LTCM破綻のノンフィクションとして、実に面白く、スリリングです。
金融商品の知識がそれほどなくても、破綻へ至ったプロセスが理解できます。
LTCMの内幕やトレーダーたちの行動や考え方の対立も良くわかります。
最近、金融商品のトレードをしているので、彼らのトレーディング手法が巨額の損失に
つながったのが、自分なりに理解できました。
1.ハイレバレッジ:損失が拡大するにつれ、自己資本が瞬く間に消えていった。
2.方向性取引:スワップスプレッドが縮小する方向に大半のポジションを傾けていた。
市場を変えても方向性が一緒なので、ヘッジされていないのと同じ。
3.流動性の低下:巨大ポジションは一括売買もできず、分割して売ればそれだけで相場が
崩れるため、結局ロスカットもできなかった。また、特殊な市場でのトレードは、売り
手が限定されて、売り手側がLTCMの内部情報をキャッチしていれば、足元をみて売買に
応じない。相場が極端に反対方向へ行けば、取引相手が消えるため、ポジションを決済
できなくなる。
トレード面での破綻の原因は、上の3つが主要なものでしょうか。
本書では、ウォール街の投資銀行のトレーダーの行動原理も良くわかります。
これをハゲタカファンドとでも言うのでしょうか。それともこの業界の常識?
LTCMのポジションデータを買収交渉時に合法的にダウンロードして、LTCMのポジションを売り
叩くように自己売買。底値になったところで、LTCMのポジションを買い取る。仁義なんて
あったものではない世界です。
「LTCM伝説―怪物ヘッジファンドの栄光と挫折」も数年前に読みましたが、こちらも面白く
読めますが、金融工学の知識がないと、LTCMのトレーディング手法の要諦が理解しにくいと
思います。
こちらも良書です。2冊とも読めば、LTCMに関しては完璧でしょう。
個人でトレードしている方には、お勧めの2冊です。