同感
★★★★★
確かに、分量自体は新書サイズです。おかげで、甘く見てしばらく読まずにゐたのは失敗でした。面白かったです。
これまでの言語学を総括しつつ、新たな歩みを進める言語学、新しい世代が始まってゐるのを、アマチュアながら感じます。
新書にしておくのは惜しい。安すぎる。
★★★★★
本書は主に、印欧祖語の再建に成果を上げてきた比較言語学のモデルに代わる「断続平衡モデル」の提唱をしている本である。なるほど、このモデルの方が、世界のあちこちに見られる「言語圏」(系統的には関係の薄い諸言語が地理的近接性のゆえに言語的特徴を共有している地域。バルカン半島の言語の類似性や、日本語と朝鮮語の文法が似通っていることなどがそれにあたる)を無理なく取り込むことができる点で優れているように思える。私は印欧比較言語学については二次的な知識しか有していないが、このモデルの方が説得力があるように思い知的刺激を受けた。
しかし、本書が読者により強く訴えかけるのは、現代が著者の言う「断絶期」に当たるにもかかわらず、言語の分裂よりは、大言語の圧迫による小言語の消滅につながっており、言語学者が優先的に取り組むべきなのはそうした危機言語の記述を残すことであるという著者の主張である。新しい言語理論を作って自慢しあうのはいつでもできるという記述はまったくその通りである。その間にも多くの危機言語が消滅していき、そのデータがあればできたはずの言語理論の精緻化・再構築への障害となるだろうことは想像に難くない。
もっとも、一方で、言語理論が脳科学などと結びついて新たな知見が得られているのも事実である。これは先延ばしにしても害はないかも知れないが、失語症などの本質の発見や、場合によっては治療法の開発につながる可能性もある。その意味でこちらも早いに越したことはない。要はバランスの問題であろう。
本書はこれだけの濃い内容を新書という安価な媒体で提供している。訳者の労苦を思うと、これではよほど売れないと割に合わないだろう。この本がこの価格で読めることに私たちは感謝しなければならないと思う。
失われつつある言語の多様性
★★★★★
言語の歴史的な変化といえば、多くの人はラテン語教科書の冒頭に描かれているような系統樹を思い浮かべるでしょう。一方で、例えば我々が話す日本語はウラル・アルタイ語族の特徴を断片的に保持していると言われていながら、系統関係が明確でない。しかしインド・ヨーロッパ語族以外の言語ではこれが普通なのだそうで、言語学上のひとつの難問となっています。
本書は上記の状況を踏まえて言語の歴史的発達に断続平衡という考え方を導入したものです。これはもともと生物の進化において提唱されたもので、「種の進化は、変化のない長期の安定期とその存続期間に比べ相対的に著しく急速な種分化と形態変化によって特徴づけられる」とする仮説です。言語においても部族や国家の力が長期にわたって均衡して共存している状態では止まり続け、その均衡が破れると移動し拡張し分裂すると考えられます。均衡状態の間言語は互いにその文法的な特徴が伝播し合い均質になり統一された言語(圏)へ収束し、均衡が破れ中断期に入ると従来の系統樹で描かれるような分岐を繰り返します。その概念はp140図6−1に集約されているので、折に触れて参照して下さい。
現在は言語学的に大きな中断期にあると著者は言います。中断期には言語が分化しその種類が増えて行く筈ですが、メディアの発達で寧ろひとつの言語に侵略されて行く傾向があるようです。「どんな言語も(…)その話者の世界観を内に包んでいる。言語が死ぬという事は、人間の分化の一部が失われる(p. 202)」事です。そこに言語保全の根拠と意義があります。本書は言語学の知識を前提とした専門書なので我々素人には手に余る部分もありますが、丹念に読めば理解可能です。情報の質、バランスも良く、一読の価値があります。巻末に引用論文リスト付。
言葉がなくなる!?
★★★☆☆
いま世界に存在する5千~6千の言語のうち、少なくとも4分の3は(90%という説もある)22世紀までに話されなくなるという。主な原因は、いわずもがな世界規模で起こっているグローバル化現象。その結果、英米語が影響力を増し、少数の共同体が持つ伝統的文化まで侵食されていく…。言語には地域ならではの思想が内包されている。言語を守ることは多様性を尊重すること、そう著者は静かに語りかけている。