ローウェンスタインは、金融経済ジャーナリストであり、『Buffet: The Making of an American Capitalist(邦訳:ビジネスは人なり 投資は価値なり ウォーレン・バフェット)』の著者でもある。本著ではLTCMの経営陣、参画した経済学者、そこに見られる人間関係をつぶさに観察し、また絶頂から転落に至る資金運用の流れを細かく調べ上げ、あたかも熟練した外科医がメスをふるうかのような正確さで書き進めている。同社の創業者ジョン・メリウェザーは謎の人物であり、20年近くをソロモン・ブラザーズのトレーダーとして過ごしたが、ここでトップレベルの金融経済学者を雇い入れてかの有名なアービトラージ・グループを作った。メリウェザーは、証券取引委員会に不正取引の疑惑をかけられてソロモン・ブラザーズを去ったが、ほどなく次の事業を立ち上げた。ソロモン・ブラザーズ時代に雇い入れた人材を軒並み引き抜き、とうとう前・連邦準備制度理事会副議長デビッド・マリンズまで経営陣に迎え入れ、同業者の頂点に立つ同社を創業したのである。
1994年、LTCMはお披露目を経て開業した。博士号を持つパートナー(最高幹部)らの社交能力のなさと研究業績に無関心な投資家に対する慇懃無礼な態度にもかかわらず、12億5千万ドルもの資金を調達した。ヘッジファンドLTCMの手法は、何千もの銘柄の取引により小額の利益を稼ぐというもので、「たとえて言うなら人には見えない小銭を掃除機で吸い取っているようなものだ」と、同社のパートナーであったノーベル経済学賞受賞者、マイロン・ショールズ教授は表現した。当初2年間で、LTCMは16億ドルの利益を上げ、パートナーらに高額な報酬を支払った後でも、その40%以上が純益として残った。1996年春までに資産額は1400億ドルに達していた。しかし破綻はすぐにやってきた。1998年になると業績は毎月悪化の一途をたどり、ついに8月、壊滅的に破綻してパートナーらが混乱を極めた対応を見せるに至る。こうした一連の状況について著者ローウェンスタインは克明に記録しており、その記述には思わずひき込まれる。
アービトラージは非常に込み入ったものであるから、著者は、本文中に頻出する投資業界の特殊用語についてはもっと掘り下げて説明してもよかったかもしれない。とはいえLTCMのストーリーの魅力は、眼の回るようなテンポの速さにある(この短命なヘッジファンドが出した眼の回るような巨額の利益と損失も、もちろん大きな魅力だが)。ローウェンスタインの、滑らかでカジュアルな、たたみかけるような語り口は、内容の展開にぴったり合っている。批判の声が相次ぐ中で連邦準備制度が破綻したLTCMの救済に乗り出した背景には何があったのか、興味のある読者にとっては、非常におもしろく読める1冊だ。