おそらくマンガ研究にとっても価値のある研究だったろうし、一般読者の読み物としても一定以上の興味関心を引くデータにあふれている。
だが、惜しいのは、データ等をもとに議論を構成していくのは素晴しくはあるのだが、データから確実に言えることのみでは、議論の幅に厚みをもたらすことに充分に成功しているとはいえず、議論の幅に厚みを持たせたいがために脇の甘い議論をかなりしているのが残念なところだ。どうも、現在流通しているマンガの言説の再生産、焼き直しを言っているだけなのではないかと思われる箇所が少なからず見受けられる。
もちろん、一般書として売っているのだからアカデミックなガリガリの根拠のある議論ばかりをする、という方向性にいくわけにもいかないのだろう。
これは、中野氏への批判というよりも、中野氏が議論の幅に厚みを持たせようとしたときに、説得力を持って参照できるような面白い先行研究がマンガ研究の分野であまり多く蓄積されていない、などといったことに原因が求められるのかもしれない。マンガ研究史にもっと蓄積がたまったときに、またもう一度読みたいと思わせる本だ。
そして、(循環的なコメントになるが)そのような未来のための礎石として、本書は有意義な仕事となることだろう。
本書を読んでいて気が付いたのが、マンガと音楽が陥っているジレンマに似ていることである。
・日常生活でマンガや音楽が過剰なほどに供給されているにも関わらず、業界全体の売上縮小傾向に歯止めがかからない。
・マンガ作品の切り売り(音楽CDの場合は、コンピレーションアルバムなど)をすることによって、新しいマンガの販売機会を失っている現状。
・収益を確保する目的で著作権管理を強化するほどに落ち込む利益。新しい販路を求めて、海外のマーケットを開拓努力する出版社(レコード会社)。
・出版社は利益があっても、作者(音楽ならば歌手や作曲家、アレンジャーなど)がなかなか儲けられない仕組み(それには様々な要因が挙げられている)。
・敢えてメジャーデビューをせずに、マイナーなまま作家性にこだわり続ける作り手の増加(これは良作であっても、一般の人にはなかなか知ることができない)。
等々。
最終章では、なぜマンガの売上が落ちているのか、どうしたらマンガの売上が伸びるのかを論じているが、著者自身も有効な手だてはないと思っている論調で本書は締められている。
確かに、私自身のマンガ読書量は減るどころか、増えている。しかし、購入せずに立ち読みだけで済ませてしまうことが多い。その理由は、一冊全てのマンガ(週刊誌)を読むには耐えられない内容の連載が多いからだ。だから、2~3作品を読み終えたら、他誌を再び立ち読み…の繰り返しになる。
マンガ自体はなくならないだろうが、最近の行政や司法、消費者団体の暴力や性表現などを理由にした露骨な表現規制などもあり、マンガ業界の厳しさはしばらく続くのだろう。