超おすすめだよ。
★★★★★
この本はめっちゃ面白い。
レムの小説で、ソラリス、砂漠の惑星、につづいて、三番目におそらく面白い。
部屋に飾っておきたい本の第一位である。
格好良すぎる。
いちばん好きな話は「ビット文学の歴史」の序文である。
こんな話が思いつくであろうか。まさに、センスオブワンダー。
理系的知的刺激である。
けなしている人は、まったくどうかしている。
「虚数」は国書刊行会の序文の大爆笑とともに、超面白いアイデアを集めた傑作集である。装丁が格好いいし、中身も素敵なので、とても素敵である。
ちなみに、「完全なる真空」の方はつまらない。
文学の堕落の象徴
★☆☆☆☆
こういう本を読むと、言葉の無力さを痛感しますね。レムの思想が高尚過ぎて言葉が追い付かないという意味ではありません。まったく逆。こんな無意味な言葉の羅列、最良の場合でも入り組んだ比喩に過ぎない文章が思想として受け取られるという現実に愕然とします。つまり読み手がレムという人の本心を文章を通して知ることがまるで出来ていないということです。
中に実在する思想家たちの名前が出てきますが、レムが彼らの思想内容を大雑把にさえ把握できていないのは明らかで、科学的な記述もありますが、ほとんど中学生レベルのお粗末な理解から書いているようです。踏み込んだ内容についてはまるで触れられていない。
フィクションだから、小説だからそこまできっちり書く必要はない、というのはこの場合間違いです。なぜなら、現にレムの博識ぶりや哲学的万能ぶりに感心してしまう人がたくさんいるわけではありませんか。
作中で触れられている思想に、もし正面から向き合って、万人に分かるように書いたなら、おそらくレムのあさはかさに読者はあきれるでしょう。
単純に、ファースとして楽しんでもらいたいというなら、それとわかるように書かなければいけません。ありもしない知識や教養があるふりをしてはいけない。もっとも、レムはまさにそう見せたかったのでしょう。それがこの本の核心です。だから読者はこの晦渋な文章からレムの尊大で傲慢な心を読み取るべきなのです。
『無敵』や『ソラリス』は優れた作品だと思っていたので、ブライアン・オールディスが彼の小説を無価値だと評していたのは意外でした。今思えば、オールディスはかれのほかの作品も読んでいたのかもしれません。そしてレムの本質に気づいていたのかもしれない。私はここに至ってオールディスに賛成したくなりました。
知性の頂と人間の限界を描く、星5つではまったく足りない真の傑作
★★★★★
ポーランドで「虚数」として出版された「架空の書物の序文集」と、後年別に記された「GOLEM XIV」を併せて収録している。両者のリンクとしては、「虚数」の中の一編「ヴェストランド・エクステロペディア」にGOLEMに関する記述があり、またそれ以上に、知性と肉体に関する考察という点で通底している。
序文集「虚数」は、後半の「GOLEM XIV」への程よいイントロダクションになっている。「虚数」の各編は、様々な衒学的脱線であふれかえっているが、そのすべてにおいて、知性と肉体について言及している。そこから立ち上がってくる問いは、知性は、人間の肉体という仕様に依存する概念なのか、ということだ。肉体、というか人間という物理的存在に拘泥した「ネクロビア」への序文を嚆矢として、その後に展開されるのは、言語を学んだ微生物、機械による文学、コンピュータによる未来予測を編纂した未来百科事典といった、人間以外の知性を題材とした弾けとんだ話だ。
そして、人間が造りだした、人間以上の知性を持つコンピュータ「GOLEM XIV」による人間への講義録の形式を取る「GOLEM XIV」。この中で、GOLEMは、人間について語り、自己について語り、知性について語る。その全貌は到底把握しきれないが、根本にあるアイディアの手触り、手応えは圧倒的。
以下、ぼくの個人的解釈になるが、「知性」は、この地球上では「ヒト」という生物種に至って創発されたが、より一般的な「知性」の在りようは、ヒトの生物学的構造や遺伝情報に拘束されるものではない、というのが本書の中核にある主張である。ヒトが持っている生物学的デザインは、高い知性を持つために最適化されたものではなく、より現実的な、生き抜き、殖えるために最適化されてきている。そこに運良く知性が宿り、現在の程度まで到達したが、人間の到達しうる知性は、ヒトの生物学的デザインにどうしようもなく縛られている、というわけだ。そして、人間が造りあげた計算機であるGOLEMは、そのデザインのくびきを断ち切った次世代の知性であり、人間が到達し得ない、理解の及ばないところにまで達している。
これは絶望的であり、なおかつ心揺さぶられる言明である。ぼくは、基本的にはまったくそのとおりだと思う。その上で、人間がもがき回る、人間の知性が探り当てられる知識もまた、事実上無限であり得ると信じられるからだ。限られたハードウェアの上で、エネルギー吸収的に営まれるぼく自身の知性が、いかほどのものを紡ぎだせるのか、落胆よりもむしろ勇気づけられた。どの程度のものであれ、自分にはどうやら知性と呼べるものが備わっていることに感謝したいし、そのポテンシャルをフルに引き出してみたいと思う。
レム亡きいま、知性に関する思索を文字通り「空前絶後」の完成度で示した本書に及ぶものはおろか、類似する文学作品すら、今後産まれる望みはないように思える。
クラコフの天才作家
★★★★★
ユダヤ系が多いことで知られるポーランドのクラコフ出身の著者もユダヤ系であり、その作品のすごさから、読み始めると、あなたの時間は彼の世界での存在となります。この作品「虚数」は諸説の序文のありかたについて書いた序文集のような一見おかしな作品ですが、あまりに実験的な内容は日本語訳が出るのにかなりの年月がかかったというのもうなずける。脳への刺激促進剤的な本です。