簡潔・偏愛・鋭利
★★★★★
もちろん三島由紀夫や稲垣足穂、バタイユといった澁澤ファンにはお馴染みの作家から、ギュンター・グラス、フーコー、バロウズも経由し、柴田錬三郎や実用書まで、東西、硬軟幅広い著作が俎上に載せられ、著者のバックグラウンドの奥行を物語る。
斬捨御免という雰囲気の厳しい文章も痛快である。磯田光一を「お行儀のよい、優等生的評論家」と断じ、ブランショの訳文を「意味不明のほとんどたわ言に等しい文章」として書評のほとんどを使って訳者を非難し、竹中労の『美空ひばり』には「やたらに「庶民」「大衆」という言葉をふりまわすのには、うんざりした」と素直に違和感を口にする。
著者のまるで宇宙的とも言える蔵書(参考『夢の宇宙誌』)からすれば、これが著者の引き出しのごく一部であることは論を待たないものの、たった数枚で著作の本質を抉り出す、短文の切れ味のよさは目を見張るものがある。
著者の絢爛な小説世界が幻のまま終わらないのは、小説家の夢想の背後から鋭利な批評眼が世界を凝視しているからなのだと一読して了解できる。一流の知識人が一流の小説家であった幸福な時代の記録ということになるだろう。