集中力と情熱こそが天才谷川を大棋士谷川に成長させた
★★★★☆
本書を読むと、勝負に必要なのは、集中力、負けず嫌い、人としてバランスが取れておることが何より重要なのではないかと思う。谷川さんはこのことを将棋というフィルターを通して我々に語りかけてくれていると思う。本書の内容は、そのままビジネスの世界でも通用する考え方だと思う。大企業であれ、中小企業であれ、成長し、勝ち続ける組織は結局、少数のタレントにその多くを依存している。人材の流動化がこれまで以上に激しさを増す今後は、この傾向に更に拍車がかかるのではないか。
谷川さんは勝負に勝つ能力として、具体的には集中力、思考力、記憶力、気力を挙げている。これらの4つは相互にリンクしており、どれかが欠けてもいけないだろうし、どれかだけを取り出して鍛えることもできない。これらは、日々の厳しい戦い(=対局、ビジネスの実践)の中で常に意識して用いてこそ培われるものだと思う。谷川さんは、20代は大山、中原、米長戦で、30代からは羽生、佐藤、森内戦で鍛えられたのだと思う。そして、見事に勝ち残ってきた。
本書は200ページ足らずであり、全体としての分量は決して重いものではないが、その中に、谷川さんがいかに苦労して試行錯誤し戦い抜いてきたか、そして今の地位を築いたかが凝縮されている。確かにこの谷川さんは幼少時からの将棋の天才だ。その天才が「二十過ぎればただの人」にならないために、集中力ということを一つの大きな基軸にして、自身を鍛錬されてきたのだということが、感じ取れる良書だと思う。
これからの先が見えない時代は、集中力を鍛え上げ、好きなことに没頭し、仕事で日々成果を地道に上げていく、というのがやはり近道なのだろう。
谷川名人による「勝負に勝つ能力」とは
★★★☆☆
第十七代名人谷川浩司による自叙伝であり勝負論である(2000/12初版)。
・「技術を百パーセント出すには、その人の内面の奥深さが必要である。刻々と変化する局面に単純に対応し、こなしているだけでは何も打開できない。状況を飲み込み、判断し、先を読む内面の広がりが重要である。言い換えれば、将棋の研究以外に何かをプラスアルファできないとか勝ち続けていけない。」今の自分に当てはめてみると考えさせられる。しかし一方で、40代以降めっぽう強く69歳に死ぬまでA級の地位を守り通した大山康晴が、将棋以外の研究をしていたとも思えず、真偽の程はわからない。
・「物事を推し進めていくうえで、その土台となるのは創造力でも企画力でもない。・・・道具となる知識や材料となる情報がなければ何も始まらないのだ。」
・「記憶力を良くするには、まず、記憶しようと思うことだ。」「記憶力の積極的なトレーニングには、詰め将棋を勧めたい。」「初心者の人は、まず二百題ぐらいの問題集を一冊買い求め、一題を一分ぐらい考え、わからなかったら解答を見てもかまわない。そして、一冊の本を繰り返して練習する。」「人間は生まれつきの能力の差はほとんどないのだ。とすれば、繰り返し以外に道はない。」
・「目標を決めたら、焦らず、あきらめずに、最後までやり抜く気力を持ち続けることである。」
人格者であると評判の名人ゆえに、意外性や面白みの点で欠けている印象は否めなかった。
「集中力」を持って、羽生世代とのドロドロとした闘いを
★★★★☆
谷川九段が自身の経験から将棋観について語ったもの。冒頭でいきなり羽生との闘いにおける心理の起伏を語るなど赤裸々な内容になっている。
奨励会やプロになってからのスランプ脱出法を主に精神面から語るなど、上述の通り、今までになく胸の内を率直に吐き出している。天才棋士である自分は勝ち続けなければならないと言うプレッシャーが読み手には感じられるが、本人は普通の事と考えているようである。そして、大切なのは「集中力」、「思考力」、「記憶力」、「気力」と言い切る。第二部でこれらの諸要素の育成法が語られるが、素人には想像は出来ても実践は無理だなという感じ(当たり前だが)。常に自身の体験を通して、実名入りで語られるので興味深い点もある。「加藤九段上座事件」の時にどうやって集中力を切らさなかったとか。羽生への嫉妬を素直に書いてあるのも好感が持てる。一皮剥けた気がする。「集中力」、「思考力」の項は局面を移せば、例えばビジネスの世界でも通用する事柄だが、それを勝負の世界で実践できる所が天才たる所以であろう。「記憶力」の項は唯感心するだけだが、コンピュータに触れている点が面白い。もっと突っ込んで「プロ棋士vsコンピュータ」の行方を掘り下げて欲しかった。「気力」の項は平凡。
谷川はタイトルをほぼ独占した後、羽生世代の台頭により無冠となり、捲土重来して名人を奪回する(この辺は「復活」に詳しい)が、現在は残念ながら無冠というジェットコースターのような経験を通して勝負の世界の厳しさを身を持って知っている。本書はその経験を活かして主に闘いにおける心理面を語ったものだが、「将棋の世界を振り返って纏める」には早過ぎるのではないか。上では「一皮剥けた」と書いたが、これが「達観」では困る。「集中力」を持って、羽生世代とのドロドロとした闘いを続けて欲しい。
羽生名人の著作と合わせて読むべし
★★★★☆
羽生名人の「決断力」を読んでからこの本を読んだのだが、お二人の間に存在する微妙なジェネレーションギャップが非常に面白かった。羽生氏は情報化社会というものを積極的に利用しようとする立場、谷川氏は人間力こそが大切とする立場。もちろんお二人とも人間の感性の部分を強調しておられるし、コンピュータを利用しておられると思うが世代間の差(8年)は隠せないようである。あと谷川氏の神戸愛がひしひしと伝わってきた。滝川高校、阪神タイガース、阪神大震災など。
信頼できる一流の人の頭の中に触れる
★★★★☆
本書を読んだ後で頭に浮かんだのは,文中で著者(谷川氏)と羽生氏に次いで多く触れられている中原誠氏のことである.何年も前にテレビで見た林葉氏との騒動時の釈明会見が自然体だったので「単に鈍感なのか凄い精神力の持ち主なのかどっちだ?」と疑問を抱いたものだが,本書を読んで後者だったと考えられるようになった.このように,本書からはトップレベルの棋士の精神面の凄さが部分的にせよ伝わってくる.
この手の話はやっぱり,学術的な本よりも一流の人が自分の土俵に限定して誠実に発した言葉ののほうがためになる.将棋で一流の人の場合だと,保身や不適切な評価と無縁な世界であるだけに,政治,司法,マスコミ,大学,大企業,慈善活動で高い評価を得た人の言葉と違って,外れがない.一部から二部第三章では,集中力の保ち方,記憶力の特性,思考の技術が,著者がそのキャリアの中で考えて実践したものとして非常にリアルに説明されており,頭脳や精神を酷使する生活をしている人にとっては強烈な刺激であるとともに洗練された型として得るものが大きいだろう.二部第四章だけは安っぽい自己啓発本のような内容.無責任な精神論が好きな人に受けそうな内容.無い方がよかった.