好きな作家の作品なら(作品と呼べないような切れ端でも)、そのすべてを残らず見ておきたいと、誰しも思うのではないだろうか。
「価値というものは総体からのみ生じるものではない。それは細かいものごとからも生じるのだ」。(テス・ギャラガーの序文)
カーヴァーが50歳で亡くなってから十余年、数編の遺稿が発見された。訳したのは、作家村上春樹。日本におけるカーヴァーの紹介者である。その作品世界を愛した彼自身こそ、誰よりも先に、それらの遺稿を手にとりたかったに違いない。
収録作品のうち、「薪割り」「夢」「破壊者たち」は、カーヴァーの生前に発表されたいくつかの作品と似通っている。たとえば、「舞台は小さな田舎町、アルコール中毒で中年の主人公、奥さんとはうまくいっていない」とくれば、いくつかの作品タイトルが頭に浮かぶだろう。まさに、これらは「いつものカーヴァーの物語」なのだ。
訳者あとがきでは、「以前暮らしていた部屋に久しぶりに入ったような気持ちになった」と、村上自身、懐かしさを吐露している。著者の妻であるテス・ギャラガーは、この短編集を「レイン・バレル(雨樽)に湛えられた水」と称した。レイン・バレルとは、戸外に出しておき、雨水を貯めておく樽のことである。いわば、天然貯水槽。「いつでも好きなときに、私たちはその水を柄杓でくんで、私たちをリフレッシュし、維持させてくれる何かをそこに見出すことができる」、とギャラガーは言う。貯えられた満々の水は、10年経っても変わることなく、われわれの前にある。(文月 達)
上質なものだけがもつ余韻。凝縮されたカヴァーの小説世界の味わい。
★★★★☆
カヴァーの死後10年を経過して発見された遺作5編を集めたもの。未亡人のテス・ギャラガーは、敬愛の情でカヴァーの書斎を亡くなった時の状態で保存。『エスクァイア』誌の編集長が夫人を説き伏せ、カヴァーの書斎を捜索し3編の遺作を発見。
全ては巻末の村上春樹の『あとがき』で余すところなく述べられている。この遺作5編はなんらかの理由でカヴァーが『お蔵入り』とした作品なので、カヴァーのAクラスの他の作品と同列には扱うことができない。
しかし、そこにはカヴァーの小説世界でなくては味わえない独特の深い滋養がある。抑制された不思議な静けさが漂っている。匂いがあり、温もりがあり、肌触りがあり、息づかいがある。
上質なものだけがもつ余韻が、いつまでも消えない。特に『蒔割り』と『必要になったら電話をかけて』の2作が良かった。
澄んでいてそして孤独な自伝的、夫婦の愛の物語
★★★★★
巻末の年譜を見ればカーヴァーが如何に激しく、文学と生きる為のそして夫婦(家族)としての苦悩の生活を強いられてきたかが想起されます。
そして死後10年の時を経て公表されたこれら5編の未発表作品はどれも夫婦の(壊れた・壊れゆく・揺れ動く)愛の姿が自身の経験のリアリティを持って描かれているように感じました。
村上さんはこの5編が公表に十分値する作品である一方、カーヴァーのA級の作品とは比肩できないと解題で具体的に批評しています。
ですが、村上さんがこれほど精神的に結びつきをもった作家は他にいないと言うカーヴァーの小説・言葉(以下参照)に本書で出会えたことに大きな意味があったと思います。
1.薪割り 「おそらくこれまでに書いた手紙の中で、もっとも重い意味のものだった」
2.どれを見たい? 「このことはいつまでも覚えておきたい。こういうささやかな時間が持てて良かった」
3.夢 「どうしてかしら。変な夢がだんだん多くなってくるみたい」
4.破壊者たち 「結局のところ、私が初めて愛したのは、あの人だから」
5.必要になったら電話をかけて 「さようなら、愛した人。神様がきみといるように」
カーヴァー
★★★☆☆
レイ・カーヴァーの未発表小説をまとめた作品。言葉少ないながらも、たんたんとした語り口と的確な描写でずっしりと心に響いてくる作品。
個人的には最初も薪割りが一番ぐっときた。妻に別居された男が薪を割るだけの話なのになんでこんな面白いのでしょう。
思いもよらなかった小さな宝物
★★★★★
本中のレビューなどを見てみると最高の誉め言葉は見当たりませんが、個人的には、心をゆさぶる、涙をさそうあまりにも”リアル”なストーリーに出会うことになりました。また、懐かしい彼の声にどうしようもないめまいを覚えるかもしれません。たとえて言えば、プラチナアルバムの合間に出会った、彼のエッセンスでいっぱいのEP版。個人的には小さな宝物です。彼においては、星はつけがたい・・・荒削りな作品かもしれませんが心に染みる点、彼の死後新たにプレゼントをくれたという点において5をつけます。
やっぱり彼の声だった
★★★☆☆
村上春樹氏の手によるカーヴァーは、一つの川の流れの一部のような気がします。 切なく、そしてどうしようもなく悲しげな声になります。 彼の声を聞きたくて、ページをめくります。そしてどうしようもなく考えます。 「人生は切ないものだ」と。 そんな雰囲気のする作品です。