ミミズの如き、価値観の解体作業
★★★★☆
相変わらずこの人は、世間に吹き荒れるうたかたの価値観の外側に立って、嵐の中で浮かれている人々を静かに見つめているんだなぁ。出版社のサイトに連載されているエッセイをまとめた本だけあって、保坂氏にしては幾分軽く読みやすい文章だけれど、書いていることは決して軽くない。いや軽いけれどおろそかにできないことの積み重ねと言うべきか。人生、なんて総括するような単語を持ち出した途端にすべてが陳腐で空疎な俗論になりそうだけれど、そこは氏一流のミミズの如き地道な手捌きで既存の価値観を解体し、ただ生きることを肯定するための肥料へと変換していく。読むほどに解き放たれていくような気分になる。
必要なのはカネのサイクルから出ること
★★★★★
我々が置かれている状況を、都市化という視点と過去から未来という時間的視点から冷静に見回した一冊です。そしてもっとも大切なのは、カネのサイクルから出ること、としています。
都市というものは時間的にも空間的にも、人間が土地とのつながりを失っているところであるから、人間がただの「個」として存在する事を強いられている。したがって、子供から老人への時間的な連続性も失われ、時間の厚みも感じられない状態になりつつある。
この都市化は、弱者を守るために発達してきた文明によって促進されきた。文明が発達するにつれ、経済合理性が最大の判断基準になってきたが、現にあるこの世界の複雑さに対応しきれていないというのが実態である。
経済合理性からはみ出るようなものこそ語り合うべきであるが、語り合う事をおろそかにして無理矢理に言葉の記号性に収めてしまうと、言葉が現実の世界と関係できなくなる。したがって、結論が得られないとしても考えるというプロセスを大事にし、あわよくば形而上に昇華できるような態度が重要となる。そのためには、カネのサイクルから出る、という事が必要になってくる。
以上が私の理解ですが、寄せ集めのエッセイなので、すんなりとは言いたい事を纏める事が出来ません。それでも、筋の通った考え方をしており、視野を広げる意味において優れた一冊だと思います。
拍子抜け
★★★☆☆
「人生論」というタイトルから、がっつり人生について論じたものかと思ったのですが、思っていることをつらつらと書いたというかんじのエッセイ集で拍子抜けしました。内容的にもダイレクトに人生論なのは一部です。なるほどーと思う部分もありましたが、思い込みが激しい人なのかなというか、はぁ?と思ってしまうところも結構ありました。金を出して買って手元に置くほどの本ではなかったかなというかんじです。収められている文章は、web草思で連載されていたものも多いので、まずそちらを読んでみてもいいかもしれません。
この著者の小説を知らない人にも読んでほしい
★★★★★
何やらネタ切れの挙句、「途方に暮れて」しまった小説家が、
「人生論」を一席ぶつ羽目に陥ったかのようなタイトルとは裏腹に、
著者の他のエッセイ集と大差ないスタイルで書かれた本書だが、
その内容にはこれまでになく素直に共感できるように思った。
数年前、この著者を発見して次々と読み漁っていた当時、
いわゆる「フランス現代思想」的な文脈に居座った形で
書かれた文章が意外なほど多いことに気づき、
大所高所からの発言とは徹底して無縁な彼の小説作品とは
明らかに矛盾するように思えて仕方がなかったのだが、
今回、表面上はその種の文章が含まれていないことが、
個人的には高評価につながっている。
(もっとも、そんなふうに感じるのはこちらの僻目というか、
著者がその種の読書から得たものは本質的な部分で
小説作品にも大きく生かされていると考えるのが筋なのだが、
あまり露骨に出して欲しくないという気持ちはやはりある。)
また、今までのエッセイ集を読んでいる限りでは、
ものの見方が「人とは違う」ことにまずは戸惑いながらも、
そこに半ば居直っているかのような著者の姿勢に、
稚気だけではない隠れた傲慢さめいたものを感じることがあったが、
本書に限ってほとんどそういったものが感じ取れないのは、
漱石の没年を過ぎて著者の文章もいよいよ練れてきたということか。
何よりも、知識や教養の大切さをこれだけまっとうに嘘臭くなく、
しかも一片の功利性も入り込ませずに正面から説いた文章に、
最近お目にかかった覚えはほとんどなく、
それだけでも本書の存在は貴重なものだと言い切れる。
底知れない不安や寄る辺なさを感じている文学部系の学生に限らず、
何らかの創造活動に携わっている人間には、ぜひ読んでもらいたい本。