疲れて泥のようになった人間を、泥沼から掬いだす何か。
痛ましい人間への柔らかい眼差し。

そういうものが、サリンジャーの短編にはあります。

『小舟のところで』、母と子が交わす会話。
『エズメ』で、軍曹が受け取る手紙。
『よろめき叔父さん』での、涙。

あったかい気持ちになりたいときに、どうぞ。

良訳でした。
野崎訳のクセがどうも、という方はこちらをどうぞ。
細部まで日本語らしい日本語で、安心して読めると思います。

この短編集の主人公たちの多くは自らの自意識と戦っている。そしてそれは最後の作品、「テディ」によって神の領域にまで届く。何気ない日常を描いたわけではない。人生への滋養を多分に含んだ教訓があるわけでもない。しかし我々はこの本を何も考えずに読むことはできない。ページをめくるたびに、頭に、感情に流れ込んでくるものが確実にある。サリンジャーの感覚は研ぎ澄まされている。