事実は小説より奇なり
★★★★★
多重人格に対する関心から本書を読みましたが、その症状は私の想像を遥かに超えたものでした。人格が分裂しているというよりは、全くの別人が一つの固体を共有するようになったのではと錯覚してしまうほどです。精神分析学で扱われる内容と大いに関連している事が多くあり、心理生物学的な観点からも勉強になりました。しかし意外であったのは、その悲劇的な環境と過酷な人生という深刻さに動揺せざるをえなかったことです。幼児虐待、背信、犯罪、自殺、社会的非難といったこの世の地獄が現実にあることを認識させられ、本書を読んだ後は一時、人間不信になったほどです。上下巻とも終始緊迫感を持って読むことになりましたが、それは次から次へと明らかになる意外な事実と、著者の実話を元に巧みに文章を構成する高い技術に依るものだと思います。
闇から生まれた者
★★★★★
この本は心理学という幅の広く深い領域に足を突っ込むことになったきっかけの本である。
やはりこれが完全なる実話であるという点が大きな衝撃だった。
ひとつの身体の中に24もの人格を持ったビリーの闘病記だ。
本人のインタビューを基にしているため主観的な点はあるが、それだけにいっそう多重人格の病態や人格同士のつながりと混乱といった要素がはっきりと描き出されていた。
ビリーの中にある人格は、それぞれ年齢や性別、趣味、それに出身までもが異なるキャラクターである。
意思の疎通が図れている人格もあれば、何が起きているのかまったく理解できない人格もある。
ビリーはその中のいくつかの人格が犯した犯罪のために告訴されたが、精神病を理由として無罪となった。
それにもかかわらず、治療のためと称して収容された病院は監獄よりもひどい環境の所だった。
正規の医師のもとで治療を受けることができるように努力する弁護士と、政治活動や世論の余波を受けて翻弄されるビリーの物語をドキュメンタリーのように描いている。
進んでは戻ってうまく言ったかと思えば何かに邪魔をされてという繰り返しで、読んでいても話の進展に腹立たしくなることさえあった。
サリーを読んだ後だっただけに、フィクションと実話との相違を改めて感じましたね。
心の中という世界に、無限の可能性を見た話でした。
事実は小説よりも奇なり・・・
★★★★☆
多重人格者ビリーミリガンの事は聞いた事があったが、本当にこんな話があるなんてやはり信じられない、というのが私を含めて多くの人が思っている事であろう。
しかし、作者の本人と関係者への再度のインタビューなど極めて綿密な調査に基づいて描かれている内容には説得力があり、疑いの余地がない、
第一章は、ビリーが犯罪者として告発され、診断の結果彼の中に潜む人格が発見され、病院での治療が始まり、彼の人格を統合した教師の存在により、治療が終焉を向かえるまで。
第二章は教師により語られたビリーの過去である。
これを読むとビリーが極めて有能で、おそらく天才的な知能や資質を持って生まれてのではないか、という事が想像できる。彼も違った環境に育ったのであったら、その才能をいかんなく発揮できたであろう、彼の精神分裂は自己防衛の結果であるように書かれている、それはあまりにも悲しい。
あまりにも不思議な世界で、本を読んでもこれが真実であるという事はにわかに信じられない。私にも時々自分がいつもと違うような行動をとってしまう事があるが、それは意識下である。
彼のように無意識の中に23人もの人格がいるなんて不思議としか言い様がない。
この本はダニエルキイスというやはり天才的な才能をもった作家によって、客観性と冷静さをもち、極めて見事な小説かつドキュメンタリーの傑作となった。心理学、教育学、犯罪学などを専攻している人のみならず、多くの人にとって非常に興味のある世界であろう。
青年の「悲しみ」と、他人格の「奮闘」を感じた
★★★★★
テレビでビリー・ミリガン本人の映像を見た。ミュージシャンか俳優のような長髪でハンサムな風貌、はにかんだようなびくびくしたような物腰で凶暴性などは感じられなかった。しかし人格が移行するシーンは本書の記述通り、うつろな目つきとつぶやきを伴って、その転換は驚きだった。「アルジャーノン・・・」を読んだ頃からいつかは読みたい本のリストに挙がっていたが、驚きを確認するためにすぐに読み始めた。
内容はルポルタージュに近く、本人の経歴を追いながら、多重人格を理解・肯定して治療しようとする医師達の努力と、司法やマスコミの無理解を淡々と描いている。全体を通して感じるのは記憶と自分の意識を失った青年の「悲しみ」と、自己防衛本能とも言える他の人格たちの現実認識や矯正のための意外な「奮闘」である。
「奮闘」するに当たってミリガン内部での人格同士の牽制や交流はあたかも大家族の営みのように書かれているが、実際は崩壊しかかった学級や社会と言った趣だ。したがって統合調整する人格に与えられた「教師」という呼び名は非常に適切だと感じられた。しかし一番知りたい、各人格の出現した経緯の記述は十分ではなく、不満が残るところだ。
後日談を含めて、稀有な現象・病例の克服として読むに値する本だと思う。続けて「〜23の棺」や「シビル」も読んでみたい。
生きるために働く想像力
★★★☆☆
多重人格という症状が身近でないからなのかどうしてもピンとこないところもある。だけど、多重人格者の内的世界はこういうことになっているというのがよくわかる本だった。
それにしても多重人格者ビリーの世界は驚くべき世界だ。にわかに信じることが出来ない。最初にビリーを診察した精神科医や弁護士たちと同じように。怒りを感じたときはレイゲンという人格が現れビリーを守る。肉体的痛みは小さなデイビッドが引き受け、相手と話のやりとりをするときアレンが、そしてそれらの人格をアーサーという人格が統制している。とても論理的思考のもとに。
それらの人格はビリーという人間を守るために、自身がつくり出したものにすぎない。人間の想像力は恐るべきものだ。その想像力には胸を打たれる。生きるために働く想像力。
作家はそんなビリーの世界を真摯に受け止めようとしているし、冷静に状況を判断しようとしている。良質なドキュメントの一冊である。