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ノモンハン戦争―モンゴルと満洲国 (岩波新書)

価格: ¥819
カテゴリ: 新書
ブランド: 岩波書店
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読みにくいのが難点… ★★★★☆
『ノモンハン事件を話題にする人の中には、「本当は日本側が勝っていた」とか、「よくぞあれほど善戦・敢闘したものだ」と讃えることで自らをなぐさめるような記事が、いまだに新聞や雑誌をにぎわせている。』(まえがき第一段落より)

 のっけから、意味は分かるものの、日本語としてはややおかしい文章が出てきて、軽くつまずきます(原文を尊重して推敲を試みると、例えば、「ノモンハン事件を話題にする人の中には」を、「ノモンハン事件については」と換えるだけで、ごく普通に意味の通る文章になるし、第二文との整合性もとれると思います)。
 全体を通して、何度も繰り返し、同様の、よく読んで考えれば意味は分かるものの形式的におかしな箇所に出くわすので、その度に読み進む足取りがもつれ、フラストレーションが溜まります。

 編集者には、読み手の立場から、もっと積極的に著者に対して注文を付けて欲しかったところです。

 128、129ページなども、もう少し文章・形式に気を配るべきでしょう。
 ここは色々おかしいと思うんですけど、一つ挙げると、(他者の)語りを引用しつつ記述する文章内では、混乱を避けるため、地の文で「父」・「母」という代名詞を用いるべきではないと思います。ツェレンドラムの視点と、著者の視点とが一つの文中で混ざってしまってます。
 同様の混乱が、142ページにもあって、ここではダグズマーの語りと著者の記述がごっちゃになり、相当に酷いことになってます(とはいえ、意味は分かるんですけどね…笑)。

 内容については、他のレビュアーさんたちが語ってくれていることに、敢えて自分が付け足す程のことは無いです。 
アジア近代史についてあまりに無知なことを自覚させられる ★★★☆☆
ノモンハンというキーワードが村上春樹の「ねじまき鳥クロニクル」にあったが、そこには自分の知らなかったアジアの近代史があった。日本が「戦争」を「事件」と言わねばならない事情から、モンゴルでの戦争で満洲軍(日本軍)やソ連軍が2万人もの戦死者を出しながらモンゴル軍が200人程度、日本がソ連に敗戦したことから、モンゴル民族がその前後にソ連に2万人もの粛清を受けたことまで、何一つ知らなかった。
その切っ掛けが、戦後参議院議員までなって失踪した辻政信からというのも日本近代史の暗部を感じさせるが、その土壌はソ連と満洲(日本)という大国に挟まれたモンゴルの独立という民族の願いがそこにあったことを知らされる。
なお、これは著者の田中克彦を通した「ノモンハン戦争」であることを、読者は意識して冷静に読んでほしい。
う〜ん、難しすぎるんですよね ★★☆☆☆
100ページくらいで挫折しました。
リズムがなく読みづらいです。言語学のウンチクにはまったりするのも本筋から外れていると思います。
論文ではなく一般の書籍なので、「この人よく知っていてすごいんだ」と読者を圧倒するものではなく、読みやすく頭に入りやすいものを書いてほしい。
モンゴル寄りの見方は一つの観点として良いのですが、実際遊牧民と接するとね〜。中国の満州里、ロシアのチタやザバイカルスクなどで見てきたモンゴル人やサウジのベドウィンなど、やっぱり遊牧人独特のものを個人的には感じます(人のタバコを勝手に吸うとか、そこにあるもの何でもは取っていいみたいな)。
ホンモノのモンゴル学者の執念 ★★★★★
 中央公論社の新書大賞2010を1位から5位まで手に取ったなかの一冊。本書は5位入選である。
 ホンモノのモンゴル学者の学者としての執念というか、学問の集大成というか、そういう並々ならぬ気迫に満ちた作品である。素人が慰みに手にとってあれこれ論評を加えられるようなシロモノではない。
 テーマは、1934年のノモンハン事件(ソ連・モンゴル軍と日本・満洲軍が国境線をめぐる紛争。双方2万の犠牲者が出たとされる)の背景を、学者としての知見を駆使して解き明かすことである。

 「私はただひらすら、英霊のために真実を話してあげたいと思った。(中略)
  いったいのあの戦争は何のためだったのか、自分たちがあそこにいたのは、どういう理由でか、
  できるだけ調べてあげてあの人たちのところに送り届けたいと思ったからだ。」p235

 著者の田中氏は1934年生まれ、戦争当時はまだ子供とはいっても、リアルな戦争の空気を十分に吸って育った世代である。そろそろ喜寿を迎えんとする著者が、幼少期の戦争を振り返るという点において、人生の集大成という意味もあるのかもしれない。細部は素人にはやや手に負えないほど専門的で難しい本ではあるが、ソ連の傀儡たるモンゴルと、日本の傀儡たる満洲の国境紛争という構図から、小競り合いが多発していた当時の緊迫した国際情勢がうかがえる。はじめはこんなに専門的な本が大賞か?と思っていたが、存命者の取材も含めてある種のルポタージュでもあり、昭和の大戦を理解するうえでも格好の資料だと思う。納得の5位。
モンゴルからみる「ノモンハン戦争」 ★★★★★
 本書を読む前の評者の知識では、「ノモンハン事件」は日本ソ連の突発的国境紛争であり、日本陸軍がソ連の戦車隊に蹂躙されたという程度であった。著者によると、日本では関東軍が天皇の裁可なく非公式に行ったから「事件」と呼び隠蔽したのであり、実態は日本・満州国とソ連・モンゴル人民共和国とで争い、4ケ月間に双方で約2万人の戦死者をだす悲惨な「戦争」であったとする。そして本書は、戦闘の記述は最小限とし、戦争が何故起きたのか?あの戦争は何だったのか?を、戦場となったモンゴルの立場から描いている。
 モンゴル諸族は、外モンゴル、南シベリア、満州、内モンゴルと大陸の広い範囲で遊牧生活を営んでいたが、民族の統合独立を願う「汎モンゴル主義」運動は20世紀の帝国主義と共産革命に翻弄された。モンゴル・満州の国境確定を協議するマンチューリ会議で融和を試みた両国のモンゴル人代表は、モンゴルでは反革命の罪でソ連によって粛清され、満州国では容共の罪で関東軍によって処刑される。特にモンゴルの自立を警戒するソ連の弾圧は過酷で、37年から39年の間に2万人を超える政府高官や将校が銃殺された(当時のモンゴルの人口は約70万人、ノモンハンでのモンゴル人戦死者300人弱)。
 著者は言語学およびモンゴル学の第一人者で、モンゴル語、ロシア語の文献は全て原典に当たり現地をたびたび訪れている。また、ペロストロイカ以降に初めて明らかになった名誉回復の資料を活用するとともに、現役のロシア、モンゴルの歴史学者とも交流があるようで、輻輳するモンゴル現代史の最前線を簡明に述べており興味は尽きない。
 読後の評者は、モンゴルの風土と人に愛着を抱き、またノモンハン戦争を書こうとして書けなかった司馬遼太郎が本書を読んだらどんな感想を持つだろうかと聞きたくなった。またモンゴル出身の大相撲力士のお祖父さん世代の独立への労苦に思いを馳せた。