前作までは、シリアスさの中の気の効いたジョークや無駄口、シニカルな笑いのバランスが絶妙でした。本作でもそれは同じなのですが、笑いの比重が大きくなっているよう、これまでと比べるとかなりコミカルで軽妙、ヘタをすればただのドタバタ劇で終わってしまいそうな事件ですが、そこはニール・ケアリー、決めるところはビッと決め、今までのファンを安心させてくれます。
『歓喜の島』で活躍した人物が、本作にも重要な役割を持った人物として登場しているのも、ウィンズロウのファンには嬉しい(そしてちょっと悲しい)おまけです。
このシリーズ、全五作なのだそうですが、最後の一作は後日談的な内容なんだとか。ということは、ニール・ケアリーが本格的に活躍するのはこれが最後ということなのかな?とても好きなシリーズなだけに、とても気になるところ。五作目も、早く読みたいような、読んでしまえばシリーズ終了なのでまだまだ読みたくないような、複雑な心境です。
いままでよりスラプスティックス的な要素が強くなっており、その分、ご都合主義的な展開が目に付くけど楽しめる。
正直、あの「ストリート・キッズ」のシリーズで楽しめないはずがない、いや、頼むから楽しませてくれ、失望させないで。とゆーのが多くの読者の本音では。読んで損せずホッとひと安心というところ。
本当は、日本人の感性にバッチリあった第1作の設定でガンガン書きまくってくれれば良かったんだろうけど、そうはならずに第2作以降の展開には戸惑いながらも面白いからまあいいや、ってのが大方の感想だと思います。
本書でもニールの健気でひたむきで、でもちょっと生意気なところと憎めない軽口は健在。バシバシ母性本能に訴える拗ねようも。
ただ、もはやキッズではないニールの役回りは狂言回しに近い。マフィアを敵に回しても自分の彼女の側に立つってのを命を賭けながらもサラリとやってのけるところは流石だけど。
二ールものが、主人公の洒脱さをひたすら楽しむシリーズにならないことに気付いて少し残念に思っていたところに颯爽と現れたウォルター・ウィザーズ(「歓喜の島」の主人公)。そうかそうか、洒落と粋で主人公が生きていくには設定は50年~60年台黄金期のアメリカでなくてはね、とそちらのシリーズ化に期待していたら、本作にアル中で落ちぶれきったウォルターが出てくるんだよね。
この作者、どういうつもりだろう。分からん・・・。
頼むから、シリーズ最終巻で無様な二ールの姿だけは見せないで、と祈るファンなのであった。