新潮文庫の小林秀雄作品のなかでは地味な印象があるが、内容は大変充実している。正宗白鳥との論争に関わりがある「思想と実生活」や二つの志賀直哉論も必読だが、個人的には富永太郎論や中原中也論をぜひ読んでみてほしいと思う。たとえば、「富永太郎」は大正15年、小林20代前半に書かれたもので、その文体はあの「地獄の季節」そのものだ。小林秀雄の文学的教養の形成を考えるとき、中也と太郎は大きな存在である。
それから、三つのランボオ論も所収されている。これらがすばらしいのは言うまでもない。批評という形式で書かれた、最高の青春文学である。その他、「パスカルの「パンセ」について」や「ニイチェ雑感」もおもしろい。「パスカルは、人間はあたかも脆弱な葦が考える様に考えねばならぬと言ったのである。」誰が、パンセの有名な言葉をこのように解釈しえたか。小林一流の強い逆説のバネが我々の思考の怠惰を活性化する。