「楽しむ力」の強靭さ
★★★★★
正岡子規の故郷・松山の「坊ちゃん劇場」で「ミュージカル正岡子規」が2010年4月から公演されている。そのポスターは、坊主頭の正岡子規が呵呵大笑する横顔である。さすが、生まれ故郷、正岡子規がよく分かっている。
わずか35歳で早世した子規が、日本文学に巨大な即席を残せたのは、まさに彼の「楽しむ力」によるものだ。
本書では、子規が主宰した句会・歌会の様子が生き生きと語られている。百年後に文章を介して呼んですら、実に楽しそうである。
それもそのはず、主催者である子規がいちばん楽しんでいたのだから。
その「楽しさ」に惹かれてこれらの集いに集まった人々が、子規がはじめた俳句、和歌、写生文の革新を世に広めていくのである。
毎朝カリエスの膿ろうを取替えるときには泣き叫ぶほどの痛みに絶倒した。そういうとてつもない病苦の中でなお「楽しむ力」を失わない子規の人格の強靭さには驚くほかはない。そしてそういう人物を生んだ明治という時代の活力に感慨が深い。
文学解説と評伝のバランスが良い入門書
★★★★☆
正岡子規は35歳の短い生涯の中、とにかく明るく「楽しむ力」を存分に発揮して亡くなった、ということを伝記的事実の紹介をしながら語った本。この伝記的事実には最新の史実研究を踏まえて、今話題になっている司馬「坂の上の雲」の幾つかの描写(=NHKドラマでも引かれていた箇所)に対するささやかな反論も込められており、興味深く読めた。俳句・短歌・散文それぞれにおける子規の貢献もコンパクトだが分かりやすく説明してあり、思わず原典に当たりたくなる点で入門書としては完成度が高い。
一点ケチを点けるなら、「子規は病気も楽しんだ」という記述があるが、正確には「病床でも何気ない日常に楽しみを見出していた」という言い方になるのではないか。筆者も本書で紹介しているように末期の子規の様態は壮絶で、世話役の妹にも当り散らしている。「病気を楽しむ」余裕というよりは、病の苦しみはあるものの「残り少ない命を楽しんで生きよう」という思いの方が強かったのではないかと思うのだ。