私は歴史家の書いた本を読むときには、この人は、人間をどれだけ大切にしているのかを評価の基準にしているのですが、実証的な記述の目立つ内容ながら本書は十分私の希望をかなえてくれる内容でした。開口一番「はじめに」で、「今昔物語」の評価について、国史や戦記に続いて「さらに重要な資料」と言及し、きっとしかるべき出典があるに違いないと高く評価しているなど、説話集だといって貶めない、当時を生きた個々人のエピソードをしっかり汲み取ろうとする姿勢であると見えました。もちろん著者はちゃんと学問的な理由を以ってそれを資料と言っているということは言うまでもありません。それに土地関係の裁判資料などの紹介によって、国司以下の一般人の動きがとてもよく見えて、生きている古代人がそこにある、といった感じです。
もちろん、いわば、歴史の本筋にあたる、京都での天皇家や摂関家の歴史もしっかりと把握されています。ただ私は、この時代の天皇に対しても敬語が使われているのにはちょっと抵抗を感じました。明治生まれの著者としては習慣的なものなのでしょうが、今上天皇にならまだしも歴史になった人に敬語を使うにはどうでしょう。