絵の典拠になるものを言葉で書かれた資料の中に見つければ安心してしまい、絵の特異さを凡庸な言語に解消してしまうような図像学を、著者はしばしば揶揄しています。といっても、この本は、むつかしいことなど考えずにすなおな心で絵を見さえすればいいんだよといった素朴さ(それは偽りの素朴さに過ぎないのですが)とは対極に位置します。やはりたいへんな学識が動員されているのですから。だいじなのは、絵の外側で証拠探しをするのもいいけど、もっと絵の中をちゃんと見ようよという態度です。
翻訳もよく工夫された本だと思います。著者が昨年59歳で亡くなったというのは残念なことです。『細部』など、この著者の代表的著作をフランス語で読みとおすのはたいへんそうですから、だれか美術史の専門家が翻訳をしてくれないものでしょうか。ここ十数年くらいの美術史のだいじな本ってぜんぜん翻訳が不足している気がしますが。