買いです。
★★★★☆
残念ながら個人的にこういう機会に恵まれたことはないのですが、精緻に編まれた、たいへん良質な作品です。訳者によるすこし長めのあとがきによると、作者コレットの実体験がかなり色濃く織り込まれているようなので、必ずしもすべてが計算づくというわけではないのかもしれませんが、交わされる会話や構成ひとつ取ってみても、明確なヴィジョンの基に組み上げている印象を強く受けます。だからといって、意匠ばかりが前面に出て無味乾燥になるといった陥穽にはまっているかといえばそうではなく、主人公ふたりを見つめる作者の目には当事者であることからと思しき冷徹さと深い悲しみが満ちており、そのことがともすればひどく下世話になりかねないところから作品を救っているように思います。まぁ、下世話ついでに蛇足じみたことを一言書かせてもらうなら、もっと若いときに一度読んでおきたかった、そうすればもっと息詰まるような気持ちで読むことができたような気がしました。
粋と愛情
★★★★★
宝石のように美しい言葉や文章に、溜息をつきながら何度も読みました。
レアを見ていると、思いっきり西洋人なのに、何故か昔の芸者さんを思い起こします。
貢いで貢いで、相手が立派になり立場が釣り合わなくなると、そっと身を引いた昔気質の芸者さん。
晴れ舞台に立っている男性を、「あの男は私がここまで育てたのよ」と誇らしい気持ちで陰から見守り去っていく。・・・妄想でしょうか?
「粋」とは「張り」、もっと言えば「やせ我慢」に通ずるという話があります。そして散々苦しんだあとの「諦め」の境地。
レアの恋愛は、まさしくその「粋」を体現してはいないでしょうか?
愛情を突き詰めれば「無粋」につながります。最後の最後でレアはかっこ悪いところを見せつけ、愛情の深さを表現しました。
それでもやっぱりレアは真から粋な女だと思います。
個人的には、「シェリの最後」は読まないほうがよかったと思いました。
ニューシネマパラダイスの通常版と完全版ほどの違いがあります。
甘く残酷
★★★★★
面白くて一気に読んでしまった。
年上女性と美しい青年の恋というと、恋愛小説としては
決して珍しい題材ではないと思うのだけど
この「シェリ」には良い意味で期待が裏切られた。
作者は物語をありがちなナルシシズムで終わらせないし
読み手を気持ち良くさせるような安易な展開なども用意しない。
甘美な描写をちりばめながらも、
物語の世界はリアルで、残酷さも隠さず表現されている。
主人公の女性が、強くて頭の回るタイプだというところもなんだか新鮮だった。
また、訳が活き活きしていて、とても読みやすかった。
甘美な棘
★★★★★
年上の女性と 歳の離れた若い男性の恋物語はフランス文学によくありますが、
ヒロインのレアはもうすぐ五十歳。
“シェリ”と呼んでいる若い恋人より二十四歳も年上です。
でも、元高級娼婦のレアは そんな年齢なんて 物ともしない、
おしゃれで粋で素敵な女性として登場します。
子供のように我儘で傲慢で、でも輝くばかりの美貌の持ち主である恋人のシェリが
結婚するために 二人が別れるところから、この物語は始まります。
お互いに失って始めて気づく、いろいろな思い・大切なこと。
再会。また愛が始まるのかと思えたけれど、結局は結ばれることなく別れる二人。
繊細な心の機敏まで こまやかに描かれています。
何度も読み返していますが、そのたびシェリの美しさの描写や
レアの高い美意識、豪奢な暮らしぶりなどに うっとりさせられます。
でも、ラストは女性にとって残酷で、
まるで甘美な棘に ちくんと刺されたような気持ちです。
最後の一文のための物語
★★★★★
これほどまでに、最後の一文が、
(一見たんたんとしていながらも!)引き締まり、
決定的で、類まれなく効果的・技巧的なものを私は他に知りません。
このあまりにも上手い物語のシメ方だけで、
コレットは私の読書歴の中で、燦然と輝く作家として心に銘記されています。
しかし末文に限りません。
この作品は疑いようもなく芸術作品としての気品を備えています。
個人的なことをあえて言うと、
作中の二人程の年齢差も、生活の規模(?)もありませんが、
私は学生時代、一回り以上年上の女性と同棲していた時期があり、
(まさにその時、初めてこの本を読んだので、)
あまりにも痛ましく、生々しく、恐る恐るページをめくった記憶があります。
私が戸惑い、むしろ反発したにも関わらず、
時折、母親的な愛情の示し方をせずにはいられなかった、
その女性の気持ち、女としての悲しみの所以がここにはある気がします。
それ故、私自身は終生、この書を再び読み返すことはあえてしないと思いますが、
本物の小説、強くも優雅で、ひきしまった本物の芸術を、多くの方におススメしたいと思います。