荘内が生んだ奇人の伝記、サービス業に殉じた一生
★★★★★
酒田に旅行し、本間家を訪ねると、本間家は古い木造の屋敷なのに、その先の町並みがどこか違っている。問うと、酒田大火で本間家は屋敷森を背にしていたため類焼を何とか逃れたが、隣までは全て丸焼けになったという。酒田といえば大火。それが本書の主人公と深い関係があったとは、知らなかった。
酒田、鶴岡といえば、日本史上に数多の著名人を輩出しているが、佐藤久一も、著者の精力的な取材の成果である一代記のお陰で、そのリストに載るのだろうか。地方のレストランの支配人で、酒田の名を全国的に高めた人として。今ではアルケッチャーノをはじめとして、地方のレストランが全国区になり、各地から客が押し寄せることもそれ程珍しくはないが、その先駆けのような、地方にあって、トップレベルの味とサービスを提供した店。店ものものが町の歴史と文化を体現し、客が店の存在を町の誇りとし、迎賓館の役を担う店。そうした店に赤字覚悟で出資したパトロンがいたということだけでも酒田はすごいと思うし、先進的、一流好みだが欠点も多い佐藤久一の気質もあいまって、やはり荘内とは、懐の深い、文化的に魅力的な地域であることを本書で再認識した。
著者に感謝をささげます
★★★★☆
この本の主人公に関しては、他の評者のかたが、満遍なく述べられているかと思います。私は、この「忘れられた」佐藤久一に光をあててくれた著者に感謝したいと思います。
視点をかえると、企業CIビジネスという脚光をあびた世界から引退して不遇をかこっていた著者が、人の縁で、佐藤久一を知り、この本を書いたその裏面史も、この本と同様、興味深いものだったのではないか、と思ったりします。
私は、読んだ後に、この本は、読み返すことはないかもしれないけど、手元には置いておきたいな、と思っています。きっと、著者の久一に対する愛情が(愛憎かもしれませんが)、そう感じさせるのでは。
何かのノウハウを得るための本ではないので、万人に薦めるとこはできませんが、いわゆる定年前の人には、自身の振りかえる機会を与えてくれるかも知れません。でも、色々な人に読んでほしい本ではあります。
そして、「真のサービス」に関して、日々、考えている方には、多くのヒントが与えられるはず。顧客のニーズというより、常に顧客の期待を上回る仕掛けを考えること、この気づきがあります。
湘南ダディは読みました。
★★★☆☆
この本を紹介してくれたのはかって私が勤めていた会社のオーナーであり大学の先輩でもあり、大変頭の回転が速くアイディアに富み、社内の会議での凡庸な発言を唾棄するように嫌いましたが、本作の主人公佐藤久一はいかにもこの先輩好みの都会的で斬新な企画力に富み、独断専行の大変魅力的な人であったようです。
弱冠20歳で親から映画館経営を引き継いだ久一は、上映作品の選択に独特の嗅覚をしめしただけでなく、内外装や音響効果に金をかけ、仕出し料理をとりながら映画が見られる個室や女性に受け入れられるような清潔なトイレの設定、しゃれた案内係や定期冊子の発刊など次々にアイディアを実現させ、彼の経営する映画館グリーンハウスはついに週間朝日で淀川長治に世界一といわしめるほどのものになっていったのです。
そこまでグリーンハウスを育て上げた久一ですが、次は劇場をやりたいと恋人をつれ東京にでて日生劇場に勤めてしまいます。ところがすでに名映画館経営者として著名でもあった久一は日生劇場側の上司からすれば煙たく、劇場の地下にあったレストランアクトレスの食堂担当に異動させられてしまいます。ここで後に彼の経営するレストラン欅やル・ポットフーで開花する仕入れや食材への眼をやしなうことになります。やがて父親によびもどされた久一は、はからずも新事業としてレストラン経営を任されることになります。昭和42年のことです。ここでも久一のセンスと企画力が充分に発揮され、地元酒田の豊かな食材を活かしたレストランは瞬く間にグルメの開高 健や丸谷才一に激賞されるほどになっていきます。
贅を凝らしすぎて赤字となり遂には経営者としての地位を追われやがて食道癌に倒れることになるのですが、最後まで見果てぬ夢を追い続けられた誠に幸せな男の生涯を知ることが出来る一冊です。(タイトルの「なぜ忘れ去られたのか」は適切ではないと思います)
「客を喜ばせること」に命を燃やした人、佐藤久一の物語
★★★★★
二つの事業を共に一流に成し遂げた佐藤久一氏の魅力溢れる人柄と、仕事への情熱と気迫が伝わってくる。
存命であれば、間違いなくNHK「プロフェッショナル〜仕事の流儀」に出演され、全国の視聴者に勇気と感動を与えてくれたことだろう。
サービス業従事者には必読!
★★★★★
佐藤久一という人の性格は単純なのか複雑なのか…??? 兎に角不思議で興味深い人物です。この人の顧客、部下、友人であることは幸福でしょう(もちろん気に入られればですが…)。但しこの人の上司、家族であることはひょっとしたらとんだ災難になるかもしれません。私にとって圧巻は開高健、山口瞳、古今亭志ん朝ら名だたるグルメがル・ポットフーで食事をし文字通り舌を巻く場面でした。私もル・ポットフーでおまかせ料理を食べたかった!そりゃそうです、最高の食材を使い最高の技術でこしらえた料理を最高のサービスでしかも低価格で味わえるのですから! 何たって食材の原価率が70%を越えているのです! 私はホテル業出身なのでよく判りますが、このパーセントだけで大赤字になるのは明らかです。人件費率も非常識に高そうです。客が来なくて赤字なら分かりますが、客が来れば来るほど赤字が増えるというのも経営者としては完全に失格です(そして当然経営は破綻しました)。ただ久一にコスト感覚・バランス感覚があったらル・ポットフーがこんなに名声を博することもなかったし、優れた後継者(特にコック)を遺すこともなかったであろうことも確かで、ここが単純に事の是非を断ずることが出来ない点です。…嗚呼、グリーンハウスにも行って久一のお薦めの名画を見たかった! この本は一般の人が読んでももちろん楽しめますが、ホテル業・飲食業をはじめとするサービス業全般にたずさわる人達には必読だと思います。佐藤久一は優れた教師でもとんでもない反面教師でもあるし、彼の生き方は毒にも薬にもなります。