「黒猫」の周りの短編
★★★★☆
今回こうしてポーの作品を読んでみて、先ず思うのは、こんなに「前置き」が長かったっけと言うことです。
作品によっては、半分くらいに渡っているものもあり、訳者は「落語調」だと「あとがき」で書いているが、明治の訳者でそこをすっぱり切り落として訳した訳者もいたとか。
解る気がします。
この本に集められている短編は、「ひねくれた精神」であり、自分を見つめる第三者と言った内容が多く、「黒猫」と内容的に繋がりの深い作品が多く集められています。
その意味では、ポーの中での「黒猫」の位置づけが理解できる短編集と言えるかも知れません。
「モルグ街の殺人」については、「探偵小説」の先駆けとして余りにも有名な作品なのですが、こうしてちゃんと原文の訳を読んだかどうか自信がありません。それくらい「子供向け」にリトールドされたりしており、どれが本物か解らなくなっています。
しかし、こうして読んでみると、確かにこの後登場する様々なミステリーの多くの要素がここにあるなと思います。
こうした新訳が出なければ、なかなか読む機会もなかったろうし、読みやすくて大いに楽しめました。
「生き埋め」というオブセッション
★★★★★
◆「アモンティラードの樽」
屈辱を受けた男が、相手を地下墓地に誘い込み、生き埋めにする話。
たしかに、憎い相手に対する復讐としては、これに勝るものはないでしょうね。
自分の手は汚さず、誰にも気づかれず、何より相手に
長時間恐怖を与えつつ、なぶり殺しにする――。
いやあ、考えただけで恐ろしい。
ポーには本作以外にも「早すぎた埋葬」という、そのものズバリの作品もあり、
なにか生き埋めという行為に対し、強烈なオブセッションを感じさせます。
▽付記
「アモンティラード」とはスペイン産のシェリー酒のタイプのひとつ。
樽の中に四分の三ほどワインを入れ、約半年間放置するとワインの表面に
白い膜が張り、フロール香という独特の芳香がして、淡黄色になります。
「アモンティラード」はそこからさらに熟成させることによってつくられ、
こはく色になり、口あたりが格段に増します。
優れた訳
★★★★★
『さゆり』『停電の夜』などで名高い、小川高義氏による訳文がとてもいきいきとして読みやすい。
「アモンティリャードの樽」には訳者の創意が加えられており、それでいて原著を損なっていないことに驚かされる。
岩波文庫の八木敏雄氏の訳(これも優れたもの)と読み比べてみることをお勧めしたい。
残念なのは、ボリュームが少ないわりに、同じ傾向の作品(自己破壊衝動もの)が並ぶこと。
「アッシャー家の崩壊」や「盗まれた手紙」「赤き死の仮面」「リジーア」など、小川氏ならどのように訳すのか、ぜひ続刊を期待したい。
無駄のない文体
★★★★★
黒猫、老人の眼、自身の分身など
――「彼」にとって消したい存在、否定したい存在。
けれどもその否定したい存在こそが
「彼」にとってあるべき姿へと誘う存在。
躍動する否定者・物。
それを押さえ込もうとする「彼」。
「彼」のあるべき存在をめぐって
「彼」と否定者・物が繰り広げる奇怪な
物語が収録されています。
『モルグ街の殺人』などを読んでいて、
ポーの文には無駄なところはなく、
明晰な文体になっていることに
改めて感嘆しました。